2.12.2026

[film] The Testament of Ann Lee (2025)

2月8日、日曜日の昼、Curzon Sohoで見ました。
公開前のプレビューで、上映後に監督Mona Fastvoldと主演Amanda Seyfriedのトークつき。

昨年末にBFIでプレビューされた時は70mmフィルムで上映され、アメリカの各地でも70mmで上映されたりしてて、今回のここのは35mmフィルムでの上映。(撮影は35mmフィルムだったそう)。

監督はパートナーのBrady Corbetと共に”The Brutalist” (2024)の脚本とプロデュースを手掛け(本作の脚本も監督と彼との共同)、音楽のDaniel Blumbergも”The Brutalist”とおなじ。 昨年のヴェネツィアでプレミアされている。

18世紀イギリスで原理主義的なシェーカー運動を立ちあげ、アメリカに渡って宗教的迫害に立ち向かったAnn Leeの像を描いた歴史ドラマ。

冒頭、Ann Lee (Amanda Seyfried)を中心とした女性たちが森のなかで歌って踊っている(振付はCelia Rowlson-Hall)。時折引き攣るような震えを見せる舞いと止まらないハミングと彼女たちの固まった表情からカルト集団のそれを思わせるのだが、この場面はこの後も何度も繰り返され、映画はどうして彼女たちがこうして集って舞うようになったのかまでを描いて、やばいカルトでは? という問いからは距離を置いている。

18世紀のマンチェスターで、Ann Leeは弟のWilliamと綿工場で働いていて、ある晩両親の性行為を目撃してからそれを罪であると思うようになり、近所のクエーカー教徒の夫婦を訪ねたりしていくうち、クエーカー教徒のAbraham (Christopher Abbott)と結婚するが、生まれてきた4人の子を次々と失くして性に対する不信とキリストに対する視座をクエーカー教のそれが確たるものにしていく。

やがてシェーカー教の前身の団体に入った彼女は逮捕・投獄された際に、空中浮遊してイエスの幻影を見た、って周囲に伝えると、彼女こそが待望の救世主だ - “Mother Ann”と呼ばれるようになるのだが、迫害も激しくなってきたので、ニューヨークに渡る。

ニューヨークで弟のWilliam (Lewis Pullman) たちはシェーカー教のコミュニティのための土地を探して北に発って、やがて安息の地を見つけるものの逮捕や迫害の手は止まなくて…

ちょっと間違えたら教団の布教ビデオになってもおかしくない開眼~伝道~受難の道のりが歌と踊りを挟みながら綴られていくのだが、内容は結構暗く血みどろの宗教ホラーすれすれのところを行って、イメージとして一番近いのはやはりLars von Trierのどろどろだろうか。ただ出産のシーンにしても監督とAmandaが相当に力を入れたそうで、男性目線のはいった仰々しく目をそむけたくなるようなそれではなく、ふつうにまっすぐに見ることができるのと、なぜAnn Leeがセックスを否定し男女同等であることをあそこまで訴えたのか、はストーリーのなかで納得できるように作られている。

他方、シェーカー教で有名な家具とか質素な生活などについては描写としてはあるものの、全体の流れのなかではやや浮いていて、シェーカー教とは、を伝える映画ではないのでしょうがないのだろうが、ちょっと詰め込みすぎてしまったのかも。バイオレントで血みどろで、でも聖なるかんじは残る、不思議な…

Martin Scorseseの”Silence” (2016) にあったような信仰のありようを示す、というよりひとりの女性がどうやって信仰を自分のものにしていったのか、を描いて、その角度からだとその混乱ぶりもなんとなくわかる気がした。 


The Testament of Ann Lee with Daniel Blumberg & special guests

この日の晩20:00から、BarbicanのMilton Court Concert Hallでコンサートがあった。

“The Testament of Ann Lee”の映画音楽を作曲したDaniel Blumbergと映画でも歌っていたAmanda Seyfriedと6人の楽隊が演奏する。映画内の音楽はフルコーラスのフルオーケストラ仕様だったので、全部ではなく抜粋しての1時間くらいの会だったが、とてもスリリングでおもしろかった。

Amanda Seyfriedさんはこの日、↑のCurzonでのトークの後に、Barbican Cinemaでもトークをしていて、最後にこのライブ、大変だねえ。

バックはパーカッション1名、弦2名と、voice - コーラスではなく、ヴォイスや息を吹きかけたりする男女3名。左端に座ってエレキギターとハーモニカを下げたDaniel Blumbergと、やはり座ってマイクをもったAmanda Seyfried。

そもそもDaniel Blumbergって、ダルストンのCaféOTOの常連で、イメージでいうと吉祥寺のStar Pine's Caféで細々やっていた人がいきなりオスカーを獲ってびっくり、みたいなかんじだったのだが、今回のメンバーで中央に座るMaggie NicolsとPhil MintonもCafé OTO系 - Lindsay Cooperの楽団にいた筋金入りの前衛ジャズシーンの人たちで、そこにAmanda Seyfriedの歌がどんなふうに絡むのか。

AmandaについてはLate Showでダルシマーを弾きながらJoni Mitchelの”California”を歌うビデオが拡散されていたので知っている人も多いと思うが、ものすごく安定していて巧いので心配いらない。

音楽としてはパーカッションのからころちゃかぽこ、にきりきりさーさーした弦が絡み、そこにけったいで素っ頓狂な声とか息とか(巻上さんふう)が振りまかれ – 少しだけ「太陽と戦慄」ふうの土台の上に、Arto Lindsayふうアヒルギターが乗っかって、そこにとても艶のある、アメリカンポップスど真ん中のようなAmandaの歌が。 といういくら聴いても飽きないやつで、映画で流れていたのとはぜんぜん違うのでそれでよいのか、はあるかもだけど、あっという間に終わってしまったのが残念だったねえ。

前世紀だったらスタジオ200でやっていたようなやつ。
Hans Zimmerとかのコンサートよか断然おもしろいと思うよ。

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