2.17.2026

[log] Amsterdam - Feb 6 - 7

2月6日金曜日から7日土曜日まで、1泊でアムステルダムに行ってきたので、その簡単なメモを。

アムステルダムは前回赴任していた時に2回くらい行っていて、大好きなところなのでいつでも何度でも行きたいのだが、今回の駐在ではまだ行っていなくて、行かなきゃなー、になっていたところで、Eye FilmmuseumでのTilda Swintonさまの展示が終わりそうだったのと、Rijksmuseumで新しい企画展 - “Metamorphoses”が始まったところだったので、このふたつをメインにして。

Anne Frank House

これまでいつ行っても予約いっぱいで入れなかったところなので、やはり見ておかないと、と。

やはり前夜に見た演劇 – “Here There Are Blueberries”のこと、少し前に見た演劇 – “A Grain of Sand”を考えてしまう。Anneがこんな狭い棚の裏側で、家族と共に息を潜めて暮らしていた、その反対側で党の幹部たちはカメラの前であんな笑顔を晒して何も考えない善人のふりをして暮らしていた。そしてエプスタイン・ファイルの醜悪さやガザの件は今、目の前にある。記録はもちろん大事だけど、想像力と、なんのためにこの建物が残されているのか、ということと。

Nijntje Museum

これまでアムステルダムに行くと、少しだけ遠出してMauritshuis(美術館)に行ったりしていたのだが、今回もそのシリーズでユトレヒトのミッフィーミュージアムに行った。ミッフィーは去年の5月に松屋銀座で見たではないか、なのだが、ミュージアムがあるのであれば、そりゃ見にいくよね。

小雨でずっと寒くて暗くて、駅から結構歩いたが、入口に合羽を羽織ったミッフィーがいたのでぜんぶ赦された(バカ)。

館内はミッフィーだけじゃないいろんな動物たちが壁とか物陰に張りついていて、もう少し博物館的に、起源とか書誌とか世界的な広がりとか、あるいはDick Brunaそのひとについて、彼のヴィジョンとかミッフィーに託したものとか、説明があったりするのかと思ったのだが、そんなの一切なくて(あったのかな?)、壁とか階段とか扉の裏とかにいろんなのがいたり空中に光って浮かんでいたりするので、わー、っていちいち小さく叫びながら写真撮ったりしているうちに終わってしまった。

炸裂するcutenessの嵐のなか、ミッフィーとはこういうやつ、いつもこんなふう、というのは十分に伝わってきたし、子供たちはみんな楽しそうに遊んでいたので、(これぞエクスペリエンス? で)これでいいのよね、だった。

ユトレヒト、といえば本屋の町、でもあるので古本屋も含めて何軒か回ってみて、何軒か、でこれならば相当やばいな、って小さく呟いて早々に深入りしないようにした。アムステルダムでも、着いた日にオランダニシンの屋台に行ったら広場で古本市をやってて、雨の金曜日なのになんてことだ? って見ないようにしたのだが、あんなふうにいろんな本が目に入るようになっているのって、素敵ではないか。神保町でもないのに。

Metamorphoses

7日の朝、まだ雨がぱらぱら霧がぼうぼうだったが、行ってあたりまえのRijksmuseum Amsterdamに。
“Metamorphoses” – 『変身』をテーマに内外からクラシックを持ってきた企画展。

ギリシャ神話のオウィディウスの『変身物語』 - レダからナルシスから馴染みの変わり身神話を起源とする、それをテーマにしたり着想を得たりした古今の絵画から彫刻から現代の映像作品まで、ワシントンからMETからNational Galleryから幅広く集めていて、底なしに深くておもしろい。変身、移り身への誘惑、というのは定着させたり固着させたりが主、の彫刻や絵画にとって格好、というか基本中の基本、ひょっとしたら唯一のテーマであって、Bernini, Rodin, Brâncușあたりの彫刻作品のいまにも変身/変態を始めそうな生々しく艶かしいツヤときたら。

カタログの英語版が出るのは3月中旬頃、というのでそんなの待てるか、ってオランダ語版を…

常設展示もざーっと見たが、天気のよくない土曜の朝だからか、フェルメールもレンブラントも、あんながらがらだったの初めてだったかも。

Tilda Swinton – Ongoing

2020年初め、コロナ禍で中断してしまったBFIでのTilda Swintonの特集はあれ以降の自分の俳優観/映画観にものすごい影響を及ぼしていて、そんな彼女の「回顧」 –ではない”Ongoing”展であれば見にいかないわけにはいかない。カタログの方はロンドンでサイン入りのを買った(紙質がすてき)。

カタログの表紙は刈りあげた後ろ頭、この展覧会のメインビジュアルはCasper Sejersenによるチョビ髭、青緑のシャドウでぼけぼけの詐欺師ふうの肖像(2023)で、簡単に正体を明かされてたまるか、という点では一貫している。今回の展示もDerek Jarmanに始まり、Joanna Hogg、Jim Jarmusch、Apichatpong Weerasethakul 、Pedro Almodóvar、Luca Guadagnino、Tim Walkerらによる過去の出演作や写真をプロジェクションしているのはもちろん、一番つきあいの古いJoanna Hoggの作品 “Flat 19, 2025”は、半開きに重ねられた扉や部屋の向こうから声が聞こえてくるインスタレーションだったり、一応彼女が過去の出演作で着た衣装なども並べられているのだが、ぜんぜん所謂「女優」の展示になっていないのがおかしい。演じるということ、配役の人生を生きるということ、他者になるということ、それでも自分は自分であること、という循環を体現し、そこを抜けていくスリルと歓びをずーっと自分の身体に問うて実践してきた人の現在形がこれ、という。

この後はここの常設展示(映写機とか映写の原理とか)を少し見て、フェリーで戻ってから古い教会 - Oude kerkとか、考古学のAllard Pierson Museumなどをまわった。

1泊でじたばたするのはもう慣れつつあって、そんななかホテルのロビーにいたにゃんこが異様にかわいくて、別れが惜しまれるのだった。

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