24日、日曜日の晩、Royal Albert Hallで見ました。 London公演の2日目。
チケットが取れていないので直前までどうなるのかわからず、ついでに悩ましいのが、この日の晩、Meltdown Festivalのクロージングイベント - CURÆTION-25ていうのもあって、Royal Festival Hallに主宰者のRobert Smithが登場してなんかやる、と。 こちらのほうも軽くSold Outしていたのでまずチケット取ってから悩めよ、だったのだが、悩むのはタダだからいっぱい悩む。
Robert Smithの方は、おそらくThe CureのSongbookのようなものになるであろう、と言われていて、でもどうせSongbookならThe Cure本体のライブいくよね – 7/7にHyde Parkであるし – で、唯一気掛かりなのはゲストで誰が出てくるかで、でもそれは諦める - 遠くの席だったらどうせ見えないだろうし。(当日の特別ゲストはとくになかった模様 – 今のCureメンバー以外は – )
で、これと比べるなら22日のライブでとてつもなく圧倒的な変貌を見せた「今」のバンドであるNINにしたほうがよいのかも、と。 この日と同じメニューになる可能性はまずないし(断言)。
でも、土曜日から張っていてもチケットはぜんぜん釣れず、日曜も朝から釣り糸垂らして(←ひま?)、あまりに来ないのでCURÆTION の方にも垂らしてみて、先に取れた方でいいや、ってやっていたら昼過ぎにRoyal Albert Hallのほうでついに引っかかる。 どんな席でもいいから、でよく見ないで取ったらGrand Tierていうボックスで、鍵つきの部屋になっているからめんどいのだが、とにかく取れたからいいや、って安心して映画1本見てから会場に行った。
MeltdownのメインホールだったRoyal Festival Hallのフロアはぜんぶ椅子で、Royal Albert Hallのフロアは取り外してスタンディングにできるので世界中から暴れん坊がいっぱいくる(ちなみにこないだのThe Theのときは椅子が出ていた)。自分のボックスはステージの右手のすぐ真上で、よこにばかでかいパイプオルガンがそそり立ってて荘厳なかんじになるのだが、下を見下ろすとむきむきの人達がみっしりフロアを埋めていてわお、ってなる。
前座は22日とおなじBMSRで、上から見るとこういう分担でやっているのね、というのがわかっておもしろかった。正面からだとVoのひととか機材に隠れてぜんぜん見えないの。
NINの開始は21:00きっかり、前日よりも大量のスモークが焚かれてステージが全く見えない中、「来たことある気がするけどもうそんなのどうでもいい」とか吐き捨てる”Branches/Bones”が性急に走りだし、それは22日のオープニング - ”Somewhat Damaged”との対比も鮮やかだったので、かっこいいーと唸っていたらそのまま”Wish”になだれこんだので場内大絶叫の大爆発で、その勢いのまま”Less Than”にいって”March of the Pigs”にいって、ああこの調子でやられていったら死んじゃうかも、と思ったとこで” Piggy” – “Frail”で少し息をつなぐことができた。 という出だし。
この日の午後にRough Tradeに行って”Bad Witch”のアナログは買って – だって会場の物販より£3くらい安いんだもの – ライブ行く前に2回くらい通して聴いてみたら、中心部にごりごり固まった音の粒にびっくりして、ラジカセでWireとかFallとかCabsとか聴いてた頃を思い出し、つまりこれは野良パンクってことよね、と適当に納得した(注:後でヘッドフォンでちゃんと聴くとものすごく作り込んであることがわかった)のだが、そこの1曲目 - ”Shit Mirror” – なんて出だしをRobin Finkががうがう勝手に(そう見えた)歌いだし、横目でそれを受けたTrentが継いで流して、その間合いの取りかたとかを真上から眺めているとそこらのバンドみたいで(バンドだよ)、しかもパンクみたいじゃんかっこいいじゃん、という新譜からの3曲。
22日の感動モーメントはAlan Moulderへの謝辞だったが、この日のは” I Can't Give Everything Away”の前、Bowieのことを切々と語り、でもその終わり、曲に入る前に「この曲を捧げるのはBowieにじゃない、君たちにだよ」って。
もういっこの洲流しパンクスタンダードの”Digital”の後、ど真ん中の” The Hand That Feeds”持ってきて、” Head Like a Hole”やって – このふたつは王道すぎてもうやらなくていいと自分の中では思っている – とにかくぶちあげにあげて、フロアの連中を暴れるだけ暴れさせて、本編を終えた。
アンコールは”Hurt”の前に”The Day the World Went Away”を持ってきて、これをIlanを入れた3台のギターで真ん中に輪をつくってぐあんぐあん鳴らして、ヴィジュアルだけだと70年代バンドの風景のようだった。あの絵でこの音と詞で、さらに”Hurt”に繋がってしまうとやたらヒロイックにノスタルジックに響いてしまう気もしたが、たまにはそういうのもいいかも。
22日のライブは、NINが今立っている場所とそこからの眺め・見晴しについてスローに誠実に訴えてくるものがあって感動的だったが、24日のは衝動のみでおらおらがんがん攻めて扇動してくるので我々は煙と混沌のなかでおろおろするばかりで、でもそれもまた極めてきちんとコントロールされた今の彼らの手口やり口で、Survivalismなのだと思った。 このまま行ったれ。
この日もTrentは極めて上機嫌で、タンバリンの他にハーモニカからトラメガまで。
カメラクルーがうろうろしていたのでどこかで作品になるのかも。
ね、Guardianのレビューも満点でしょ。
https://www.theguardian.com/music/2018/jun/25/nine-inch-nails-review-ferocious-saw-toothed-gothic-wonders
この内容が10月の米国ツアーまでにどう変わっていくのか、と –
6.25.2018
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