2.01.2018

[log] February 01 2018 - year one

ロンドンに来てちょうど1年が経ちました。
12月の終わり頃は朝8:30でも暗かったのが、いまは7:30で白々し始めるくらいになっていて、昨年着いた頃に朝の7:30でもこんなに暗いのね.. と思ったことを思いだしたり。

別に記念みたいのはなくて、そんなことより2月からBFIでは”Girlfriends”ていうすばらしい特集が始まったのでー(以下略)。

1年経ってひと巡りしてみないとわかんないよね、とか言って適当にやっていた言い訳が通じなくなるので、これからは1年じゃわかんないことばかりだしやっぱ3年は見ないとね、とか日々は全部ちがうのだしその突端にいるのだし、とか同じ映画何回見ても、同じ美術館何回行っても違って見えるところはあるのだからがたがた言わないでほしい、とか思うのだが、そんなことを気にしてぶつぶつ言っているのは未熟な一年坊主だけだったりする。

こんなふうに時間の経過についてぶつぶつ嘆くのはこないだやって、それでも何回でも書いてしまうのは毎週月曜日が始まるとまだ月曜日であと5日もあるよ水曜日になるとまだ半分しか来てないよ、とかわーわー言うのに似ていて、とにかく機械のどこかが壊れたのではないかと思うくらい再現性が高くてやってられない状態に追いこまれているからに違いなくて、でもそんなことを言っていられるのはなんだかんだ安泰で幸せだからじゃねーの、ということを言うひともいるが、いやこれは悪夢に近いなんかなの、ともっと強く言ってもよい気がする。日本だとそこはもうはなから諦めてなんも考えずに奴隷のクローンになっていれば楽なのだが、こちらでは簡単にそうさせてくれない何かが働く、というかグリッドの外で別のグリッドみたいなのが働こうとするから、なかなか面倒くさい、のかも。とか。

とにかくどこか新しい、見たことも聴いたこともないなにかに出会いたいものだねえ、という勢力と、いいからとにかく仕事しろって、の勢力がせめぎ合いながら週が過ぎ、月になってそれが12回繰り返された。そのパターンの外側からもぐりこんできて予定をなぎ倒してくれる出張とか、掻き回そうとする市内のテロとか。

こんなふうに暮らしているひとは他にもいっぱいいるのだから、という日本でよく言われがちな言い草は通じない。あなたのやりかたとわたしのやりかたが同じだろうが違おうがそれがなにか?  だしそこで我慢しなければいけない理由なんてじつはない。のよ。 

ないよね? ということを頭のなかで転がしながら街に出てみるとおもしろいものはいっぱいあるし、そうやっているとあっという間に時間が過ぎて、また振り出しに戻ってあーあ、とか延々やっている。

このぐるぐるに抗うべく、このぐるぐるの忘却装置にやられないようにテムズ川(テームズなのかテムーズなのか)を渡ってBFIとかTateとかに通ってこういうのをぱたぱた書いたりしていて、いつまで続けられるかわからないけど、とにかく書けるとこまで。

それにしても、こんなに川を渡ったり戻ったり、階段昇ったり降りたりばっかりの日々になるとは思わなかったねえ。

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