たまっているのでとっとと書く。
にっぽんのライブ7時開始問題がなくならない限り、平日のそれは無理なのだが、でも最低月2回はライブに行きたいよう、ということで無理してもいく。
いちんち2セットで、これなら9:00開始のがあるから、と思ったのだが、当日ちょっと無理したら6:30のにぎりぎりで入れたので、入ってしまった。
場所は旧シネセゾン渋谷(の隣?)だった。 旧ライズXだったとこのように椅子を取っ払っているかと思ったら、座席はそのままにしてあった。 んなら映画もやればいいのにさ。
ギターデュオ、というほどそんなにデュオデュオしていない。
大企業のエグゼクティブにしか見えないBill Frisellと、ヤクの売人にしか見えないVinicius Cantuaria(なんでそんなに目つきわるいのきみ?)、水色のストラト(Bill)とアコギ(Vinicius)の2台のギターだけ。
風と水のようにさらさら流れるBillのギターと土と火をぼこぼこ掻きあげるViniciusのギター、それぞれの音をそれぞれがフィードし、濾過し、相手側に投げて返す。 なめらかにするする流れて循環していくエコシステム。 でも胡散臭くはないの。
2台のギターが交互に、追っかけっこしながら反響する、というよりは1台のギターとして、20本の指が弾く12弦のギターの音として聴こえてくる、そういう気持ちよさがあったし、そういうふうに聴こえる地点と帯域を探るかのようにふたりの指は滑っていく、のだった。
そんなギターの音から遠く離れてぼそぼそと囁きかけるViniciusの唄は、どこまでも孤独に、ひとりの肉の声としてギターの音にたんたんと対峙していて、これも美しかった。 こんなに美しくていいのか? というくらい。
ジャンルでいうとBillのやってきたJazzともViniciusのブラジル音楽ともちがう。というか違うことを、越境を志向してきた彼らであるが故に出てきた(それでもそれは)ギターの音。
愛想はわるくなかったがどちらもぜんぜん喋らず、曲にずーっと入り込んで1時間強+アンコール1回、まるまる1時間半やってくれた。 こういう音ならあと6時間だって聴いていられる。
だがしかし現実はとっとと戻れ、と。 すごすご仕事に戻ったの。
これなら9時の回にしておけば。
3.10.2012
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