12.26.2022

[film] The Eternal Daughter (2022)

12月16日、金曜日の午後、米国のYouTubeで見ました。

年末に向かって、まだ見れていなくてここから見ることができる作品をできるだけ見ておこうシリーズ。来年3月とか5月とかのリリースまで待つとかありえない。国内の洋画のアワードリストとか見ててさー、日本の「映画評論家」、「ライター」のひとたちは欧米と見ているものがあまりに違うこと、そのギャップに嫌になんないの? まるで鎖国してるみたいじゃん? 文句いうと干されるからなんも言わないの? なんかあれだよねー。

日本で公開されないのが信じられない”The Souvenir” (2019) / “The Souvenir Part II” (2021)のJoanna Hoggによる新作。配給はA24、Executive Producerには(前2作と同じく)Martin Scorsese。(今作の公開にあわせてMetrographで行われたふたりの対話がものすごくおもしろい)

https://metrograph.com/hogg-scorsese/

Julie (Tilda Swinton)とRosalind (Tilda Swinton - 二役) の母娘と犬のルイ(たぶんTildaが飼ってる子だ)が深い森を抜けて(そこへの旅とそこに絡まる音楽もすばらし)その奥の方にある古いお屋敷にやってくる。タクシーの運転手は窓のところに女の子が.. とか言う。

その館はホテルでひとり応対したレセプショニスト(Carly-Sophia Davies)は無愛想で不機嫌で予約が見当たらないとか散々言って、でもなんとか部屋に入る。母のRosalindは疲れているからとすぐに寝るのだがJulieは寝付けない。他の宿泊客はいないはずなのに部屋の、館のたてる音、外の風の音、鳥だか獣の声? 子供の声(まさか)? 自分の頭の中で鳴っているのか外にあるものなのか、すごくリアルにわかる。

やがてJulieは映画作家で、次作を書いたり構想を練るために来ているらしいこと、この館は母が戦時中に暮らしていた館でもあること - なので喜んで貰えると思って静養に連れてきたこと、などがわかってくる。母は小さな薬入れからいつも薬を指に取って飲んでいてとても弱っている。 そしてこのJulieとRosalindというのは”The Souvenir”のあの母娘 - Honor Swinton ByrneとTulsa Swintonに他ならないことに気付く。

Julieは母が過去について語ることを遺しておこうとメモを用意したりするものの母が嫌がるので、母が喋り始めるとそっとスマホのVoiceメモをonにしたりする。やがて母がこの館に纏わる悲しい思い出を語り始めて涙をこぼしたりするとJulieは取り乱してお母さんに悲しい思いをさせるために連れてきたわけじゃないのごめんなさい、って嘆いて許しを請う。

無愛想なレセプショ二ストは食事の注文をとりに来るときにもつんけん無愛想で、仕事を終えて帰るときには彼(?)の運転するクラブ系の音楽をぶんぶん撒き散らす小型車に乗って消える。携帯は外に出て場所を変えたりしてようやく繋がる程度、他には愛想のよい庭師のBill (Joseph Mydell)がいて、彼との会話だけが少しの安らぎとなる。

母はかつてこの館に暮らして、自分の知らない娘時代を送り、それを(伝えられるかどうかは別として)抱えこんだままここで消え去りそうなかんじで横たわり、そうしてあるのが母で、母になったことのないJulieには到達できないところにいて - 自分はどこまで行っても彼女の永遠の娘であることしかできない。

それ故に湧きあがってくる愛おしさとやりきれなさが、ふたりの切り返し(同じ画面にふたりが一緒に入っているとこは最後までこない)と共に波のように寄せては返しを繰り返していって、やがてメインイベントとなる母の誕生日がやってくる。なんで彼女は痛ましくなるほど必死に母にここで幸せな時間を過ごしてほしいと願ってきたのか、その理由が..  

ホラーではなくて、でも途中でJulieがキップリングの『彼等』を読んでいる場面が出てきたりするのでそういうことか、というのはわかって、とてもせつない - 辛くて悲しいかんじにはならないけど。Jack Claytonの”The Innocents” (1961)とかも。

Joanna Hoggの画面作りは初期の”Archipelago’ (2010)の頃からずっと、ある場所/ある建物のなかで誰かと共に過ごす時間の、そうやって大切なひとと一緒にいること、起こったこと、その記憶を刻印することにずっと注力している。今回の撮影はウェールズのSoughton Hallで行われたそうだが、行ったことのないこの館で彼女たちと過ごした時間とか響き渡る音の余韻がいつまでも残る。

こないだの”Aftersun”にもそのかんじはあって(ちなみに両作品で音響は同じひと - Jovan Ajder)、そこからTildaの出演作や彼女の薦めていた英国の映画などを思い起こしたりー。

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