客層は『グランドフィナーレ』と同じように「さざなみ」してみたそうな老人達ばっかし。
『さざなみ』。 さざなみ、って字面だけ見ているとなんだかわかんなくなる。『しおさい』とかもそうだけど。
田舎の一軒家で犬と平穏に暮らしているKate (Charlotte Rampling)とGeoff (Tom Courtenay)の夫婦がいて、週末の土曜日に友人達を招いて結婚45周年のアニバーサリーを開く予定なのだが、月曜日に手紙を受けとる。
そこには夫がKateとの結婚前につきあってて山でクレバスに落ちて亡くなった女性の遺体が発見された、しかも当時のままの姿で凍って、とあって、Geoffはどんよりと動揺しているように見える。
その小さな揺れを感知したKateのほうも、だんだんにどんよりし始めてしまう。
毎日わんわんと散歩くらいしかすることがないのなら、そりゃ来るよね。
彼女はクレバスに落ちたときと同じ服装で、凍結された状態で発見されたのであれば同じ顔立ちと容姿のままで突然ふたりの前に、もちろん物理的でないにせよ現れた。 そこには何の意味もないはずなのだが、それ故にこそGeoffはものすごくいろんなことを考えてしまうに決まっていた。
- 彼女がいまの自分を、自分たちを見たらどう思うだろう?
- 彼女の思いはまだ自分のほうにあるのだろうか? あるいは亡くなる直前に仲良くなっていた登山ガイドのほうに移っちゃったのか?
- 彼女にとってこの45年間はどのような時間だったのだろう?
ていうか全ては自分に対する問いかけでしかないわけだが。
- 自分は、自分たちは45年の間にどれだけ老いて変わってしまったのだろうか?
- 自分はまだ彼女のことを愛しているのか、愛していると言えるのか? それは今のKateに対するそれとどう、どれくらい違うのか?
- 自分にとって、自分たちにとって、この45年間は? 総括なんてできるとは思えないけど、少なくとも、あの頃の時間の流れかたと今のそれとはなにがどう違うのか? 違っているとしたら、それはよいことなのかわるいことなのか?
- なんでよりによってアニバーサリーの5日前にでてくるー?
彼女と共に山の彼方に凍結され、失われてしまった時間、ありえたかもしれないもうひとつの時間、そんなのはもちろんKateにとっては幼稚な男の妄想 - 耳の垢みたいなもんでしかないわけだが、ふたりのお祝いごとの直前にそんなもんにおろおろし始めた夫が、更にはそれにつられて揺れてしまっているらしい自分が情けないし腹立たしいし。 自分たちの45年間て、その程度のもんでしかなかったのか、自分が45年間を一緒に過ごした男はその程度の野郎でしかなかったのか?
... そんなもんだったのかも。たぶん。
というような面倒くさい蠅のように頭の周囲を回りだしたそのぐるぐるが時間と共にだんだんうざくなってくる5日間の曇天を、Charlotte Ramplingはその眼差し、表情、姿勢、などなどで圧倒的かつ驚異的に示してみせて、そして最後のパーティで彼女がなにをするのか、やっちゃうのか。
ほんとにラストのその瞬間、うおおおお、てなる。 かっこいい。
The Moody Bluesはよくないんだって。
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