18日の晩、BroadwayのWalter Kerr Theatreで見ました。 この晩は当然のように他にもいろいろあったのだが、これだけ見れればいいや、といっこだけ空いていた前から4列目の真ん中(値段高すぎだよう)を飛びおりて取ってしまった。
Arthur Millerの1953年の戯曲。『るつぼ』。
演出は、こないだNTLで見た「橋からのながめ」のIvo Van Hove。
John ProctorにBen Whishaw、Elizabeth ProctorにSophie Okonedo、Abigail WilliamsにSaoirse Ronan、Hale牧師にBill Camp、Mary WarrenにTavi Gevinson、オリジナルスコアはPhilip Glass、などなどなど。
17世紀末、マサチューセッツのピューリタン社会 - セイラムでおこった魔女狩り/魔女裁判(19人が絞首刑になった)を題材にしたドラマで、こないだの「橋からのながめ」の移民問題と同様に、あるいは初演当時にその連関を指摘された赤狩りと同様に、あるいは、今まさに世界中で、ミクロなレベルで起こりまくっているヘイトや疎外排斥排外、原理主義云々の問題を正面から見据えるためにも、見ておかなければ、とおもったの。
8時開始、休憩一回の4幕もの、2時間55分。
眠くなったらどうしよう、だったが、がちがちばりばりの緊張感にやられてそれどころじゃなかった。
ストーリーはあたりまえだけど、原作を読んでほしい。文庫は絶版らしいが探せばどっかにはある。
舞台は奥に大きな黒板が置かれたシンプルな、埃っぽく薄汚れた教室仕様で(「橋からのながめ」は法廷仕様だった)、ドラマチックな転換や変転はなく、側面からの光や黒板へのプロジェクション(黒板の絵が突然動きだしたりする)を効果的に使いながら村人の間から、少女たちの間から、コミュニティを統治する側から、不気味に不可避的に溢れてくる抗いようのない力の奔流を、そのヒステリックで言いようのない怖さ不気味さを静かに際だたせることに注力していた。
その静かな嵐のなか、善と悪の、神と悪魔の、聖と俗の狭間でぼろぼろになりながら自分や家族にしがみつき、やがて力尽きて崩れ堕ちていくJohn Proctor - Ben Whishaw。 自分を正しく生かし導いてくれるものが神であり信仰であるとするならば、自分を自分でないほうに引きずり込んでいくこの渦とか抑圧とか力とかは、いったい何と呼ぶべきなのか(彼らはそこに神の名を置くわけだが)、どこから来るものなのか。 それを魔女という? ちがうよね? でも…
「セールスマンの死」がそうであるように「橋からのながめ」がそうであるように、自分を自分でなくしてしまうような何か、フォースが、自分にとって近しい家族やコミュニティのまんなかから渡されたりやってきたりしたら、そのひとの精神や行動はどうなってしまうのか、どうあるべきなのか、その「何かがやってくる」ありさまや現れを、そいつらがかき回す自分との終りのない葛藤/戦争状態(脳内だけでなく、自分と他者との融和しようのない一線も含めて)をおそらく「るつぼ」という。
社会のある状態(密度、温度、湿度)が持ちこむべくして持ちこんでくるコミュニティと個人の相克をダークに描いた側面がひとつ、もうひとつは謎めいた恐るべき少女たちのお話しとしても見ることはできて、特に冷たい魔女としか言いようのないAbigail - Saoirse Ronanとちっちゃい体で涙鼻水まみれで彼女に立ち向かいおかしくなっていくMary - Tavi Gevinsonの対決は凄まじく、あれだけでゴスホラーのサイドストーリーを作ることができたかもしれない。 彼女たちっていったい何だったのか? は最後まで語られないしわからない。 が、これはこれでなにかを指し示している。
原作では厳しさと強さを持って皆から尊敬されて畏れられているJohn Proctorを演じたBen Whishawは暗い瞳で自身の罪の深さ重さを背負いこみ、ほんの少しの脆さ危うさも併せ持つ人物として彼の皮をむいて裸にして、見事に演じきってみせた。 特に第二幕の終り - 上半身裸になって窓の光に包まれるところなんて、幕が下りたとこでみんなため息をついてしまうくらい神々しいのだった。
過去のプロダクションだと、Liam NeesonとLaura LinneyがProctor夫妻を演じた2002年の舞台は見たかった、のと、サルトルが脚色に参加してYves MontandとSimone Signoretが主演した映画”Les sorcières de Salem” (1957)もみたい。
もういっこ、ちょうどいま、舞台でEugene O'Neillの”Long Day's Journey Into Night”もやっていて、Tyrone一家を演じるのはJessica Lange, Gabriel Byrne, Michael Shannon, John Gallagher Jr. ていうなかなかの人たちで、でもこの作品については、2003年の舞台でPhilip Seymour Hoffmanが演じたJamieが自分にとっての決定版なので、いいや、と思ったの。
演劇って、あんまし見てはこなかったのだが、 Arthur MillerとEugene O'NeillとTennessee Williamsはちゃんと見ておいたほうがいいなあ、って改めて。 アメリカの映画とかアートとかを見たり考えたりするときにいつも的確な補助線になってくれる(ことに最近気づいた - おそすぎ)。
5.21.2016
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿
注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。