6月2日、台風が来るとかで大雨の金曜日の晩、菊川のStrangerの『1980-2000年イギリス映画特集』で見ました。この5本、すべて長編監督デビュー作で、見たことのあるのもあるしそんなに見たくないのもあるし。
Gary Oldmanがこれまでに作・監督した唯一の作品で、プロデュースはLuc Besson、音楽はEric Clapton。
97年のカンヌでKathy Burke が最優秀女優賞を、98年のBAFTA AwardでAlexander Korda Awardと脚本賞を受賞している。スタッフの並びだけでじゅうぶんに男臭く、内容はいろんな中毒に家庭内暴力と罵詈雑言まみれ – “fuck”が428回、”cunt”が82回発話される – で、それらがどうにかなる話でもなんでもなく、その状態のまま氷漬けにされて抜けられなくなっている家がどんなふうなのか、をうんざりするような解像度、生々しさと完成度で固めてあるので見たくない人は無理して見ないほうがー。あと、日本語字幕がないと結構きついやつ。
冒頭、コメディクラブで楽しく飲んでいるRaymond (Ray Winstone)の一家が紹介される。やや荒んだサウスロンドンに暮らしていて、妻のValerie (Kathy Burke)がいて、ふたりの間のまだ幼い女の子がいて、Valerieの弟のBilly (Charlie Creed-Miles)がいて、Raymondの傍らにはいつも相棒のMark (Jamie Foreman)がべったり貼りついている。
ご機嫌に豪快に酒をあおったり奢ったりするその様子から彼らが堅気ではないことはわかるのだが、それに加えて常にらりらりで酒を飲んでドラッグ(コカイン)をやって、それは彼らの使いっ走りをしているBillyにも及んでいて、RaymondがへまをしたBillyをしばくとValerieが怒り、更にValerieの母で工場勤務のJanet (Laila Morse - Gary Oldmanの実姉)まで出てきて、ほのぼのファミリーコメディーとは真逆の、なにかと家族が全員集合して睨みあいしばきあう日常が描かれていく。
これを強力にドライブするのがアルコールとドラッグで、前半にはドラッグを漁って姉の家を引っかきまわしたBillyがRaymondに吼えられて鼻を噛まれて血まみれになり、後半にはビリヤードをしていたValerieに疑いをもった泥酔状態のRaymondが彼女をぼこぼこに殴る蹴るして、結果彼女は流産してしまったり、どちらも大母Janetが彼女の子供たちを守るために悪態つきながら立ち回るのだが、暴力をふるったのがRaymondであることは明らかなのに、彼を警察に突きだすことはせず - 傷だらけになったValerieは車にぶつけられたのだ、とJanetに説明する(JanetはRaymondがやったことはもちろんわかっている)、BillyもRaymondも依存から抜けられず、その痛痒い状態をずっと内にためたまま「家族」を維持していく。
なんで? と。 なんで彼らを通報して楽にならないの? とか、ブチ切れたBillyがRaymondを背後からやっちまうのではないか、とか思うのだが、そちらには向かわない。暫くの間、Valerieは実家に戻ってRaymondが会いにきてもほぼ無視して彼はひとりで萎れてぼろぼろになって自殺しようとして病院に入るのだが、そこで彼は自分の父親による止まなかった虐待の話をして、そのなかで“Nil by Mouth” – 口のなかが空っぽ(Nil)でなにも喉を通っていかない状態だったようなことを語る。そうやって育った子はそういう家庭を作る、って言われるケースそのものなのだが、エンディングに"In memory of my father"と出るようにこれはGary Oldmanの父親の話 - 懐かしむのでもなく哀悼するのでもなく、こんなだったよ、ってドライに切り取ってほい、って投げてくる。
エンディングはなにも起こっていなかったかのように冒頭と同じく家族一同が揃っての和やかなパーティのシーンで、バンド演奏でValerieの祖母が"Can't Help Lovin' That Man"を歌う。そこに被せられている歌声はGary Oldmanの実母のそれなの、とか聞くと、なんかすごいな、って。
愛しているっていう相手に酷い暴力を振るうのも、その相手を通報して牢屋に送ろうとしないのも、戻ってきた彼を受け容れてしまうのも、ぜんぶよくわからなくて、そのわからなさを「なあ、わかるだろ?」というふうには描いていない。わからない、咀嚼できない状態をそのまま映しだしていて、この状態もまた”Nil by Mouth”なのだと思った。この世界に囚われて固まってしまった監督Gary Oldmanはこれ以降に撮れなくなってしまったのではないか。
中盤の連鎖していく/逃れようのない暴力シーンは本当にしんどかったものの、登場人物は誰も消えてなくならない、これをしんどいと思うかこれでよいと思うか、これはこれで凍りついたひとつの世界を形作って、べったり後に残るものではなかった。
英国の映画館で映画を見るとき、予告篇の枠でDVやめよう、のキャンペーンCMが流れることがよくあって、それを見ると本当にこの映画の逃げ場のない動けなくなるかんじそのもの(20年以上経っているのに)だったので、間違いなくこれってずっと続いている世界なのだろう。
6.09.2023
[film] Nil by Mouth (1997)
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿
注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。