11.05.2021

[film] Quatorze Juillet (1933)

10月30日、土曜日の昼に新宿武蔵野館のRené Clairレトロスペクティブで見ました。これがこの特集の最後の1本。

邦題は『巴里祭』 - これを考えた川喜多かしこさんたちによると「パリさい」ではなく「パリまつり」だとのこと。タイトルをそのまま訳すと「7月14日」。フランス革命の記念日で、英語題だと”Bastille Day”。NYだとBastille Dayに通りでお祭りとかやっていたなー。

でっかいタコノマクラのような飾り物がぶら下がり始めて、通りに子供たちがわらわら涌いてわーわー騒がしくなりつつある巴里の下町、革命記念日の前日、パリの酒場とかで花売りをしているAnna (Annabella)がいて、アパートの向かいにはタクシー運転手をしているJean (George Rigaud)がいて、建物を挟んでなんとなく見つめあって惹かれ合って雨宿りをしてダンスをして、明日また踊りに行こうね、って約束して部屋に戻ると、Jeanの部屋のベッドには出て行った元カノのPola (Pola Illéry)が横になっていたり、病で臥せっていたAnnaの母が亡くなってしまったり、果たしてそんなふたりの恋の行方はー。

というふたりの物語に、Jeanの仲間のタクシー運転手とわんわん、とか、いつもラリっててやばいお金持ちのじいさまとか、噂話大好きのアパートのおばさんたちとか、必ずキスの現場に出くわしてしまうご家族とか、どこにでもいそうな凸凹やくざとか、とにかくどこでもいくらでも湧いてくる子供たちとか、いろんな人々のいつもの行動 – タイミングよかったり悪かったり - の脇に彼らの恋の追いかけっこがどう絡んでいくのか。その舞台としてのパリってこんなふうだよ、とか。

狙いすましたようにときめく出会いで揚げて、なんも悪くないちょっとしたタイミングのずれですれ違って、思い違いしてぜんぶ諦めて、別の道を歩み始めた頃に再会したら… っていうrom-comの道路の上にどしゃ降りがきて子供たちが群れて、やがてみんなが歌って踊る祭りがやってくる。

『巴里の屋根の下』(1931) での恋の相手のとっかえひっかえと『ル・ミリオン』(1931) の上着の追いかけっこを経て、屋根の下というより路地とか階段も取り入れて(でもすべてはセットで)、ぜったいくっつかなければいけないふたりを正面に据えて展開する革命のお祭りの日のお話で、そこに「7月14日」というタイトルを付けてしまう。

今回上映されたこの時期のRené Clairの4作-『巴里の屋根の下』-『ル・ミリオン』-『自由を我等に』-『巴里祭』って、それぞれ「場所」-「お金」-「自由」-「時間」ていう割と普遍的なテーマを巡って流れていくかにみえて、でもなるようになるさ(たぶん)~ だってここは巴里だもの、みたいに緩めにてきとーに締めてしまうところはよいかも。この、なるようになる - それを可能にする世間とか社会の意味とか尊さ、そして豊かさなどについて考えてみること。

これらの(大)風呂敷のもとに反復されるテーマ(主題歌)とやや甘めのエンディングの受け容れられ方って時代によって異なってくる気がして、80年代だとこんなの甘すぎて付き合ってられない、だったものが、いまはなんだかとってもスイートなブランケットのように包んでくれたりコタツのように温めてくれたり。みんな棘棘してないでこれを見て! って言いたくなる。

今回のはなんといっても窓辺でうっとりしているAnnabellaよね。『ル・ミリオン』での彼女もよかったけど、あのシーンの絵だけで印象派の展覧会100回通うぶんくらいの価値があると思う。彼女があんなふうにうっとりする世界(その内側と外側)で生きたいものだわ、って。

いまはあれこれつまんなすぎて、むくれてだらけまくりの日々で、そういうところになんか嵌まったのかも。

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。