4.17.2020

[film] Celle que vous croyez (2019)

少し前後するけど、Juliette Binoche 繋がりでこちらから書いてしまおう。12日、日曜日の晩、Curzon Home Cinemaで見ました。英語題は” Who You Think I Am”。すごくおもしろい。

大学で文学を教えている(LaclosやIbsenの講義をしているシーンが出てくる)Claire (Juliette Binoche) は夫とは別れて、ふたりの男の子を育てていて、年下の建築家のLudovic (Guillaume Gouix)となんとなく関係を持っているのだが、Ludovicに電話しても居留守を使われたりするようになったので、彼の近くにいる写真家のAlex (François Civil)を攻めてみよう、と"Clara”っていうフェイクのプロファイル(20代後半)を作ってFacebook経由でAlexに友達申請してみる。と、Alexは受け入れてくれていろいろチャットが始まり、君の写真が見たいなとかいうので姪の写真を貼って、そしたら会いたいな会いたいな、って頻繁に言ってくるので面倒になってきて、更に彼はこれから会いにいくよ、って物理的に来ようとするので実は彼がいるのごめん、て送って彼の反応を(実際に近くに寄って - 向こうはこっちがClaraだとは100%思っていない)覗いてみると本当にしょんぼりしているのでアプローチを変えて、バスの中でLudovicの友人として話しかけて、仕事用のプロファイル写真を撮ってほしいんだけど、って近寄ってみると …

ここから先は書かない方がよいかもしれない。上のような顛末をClaireが精神科医 (Nicole Garcia)に身の上を語るように喋っていくのだが、医者はうんうん話を聞いているだけアドバイスするかんじもなくて、Claireもサイコパスとかストーカーのようには見えないの。

そしてこれは、Claireだけのお話に留まることではなく、ネットを介した向こう側にいるオトコ共の間でも起こっていることなのだった.. 。  考えてみれば当たり前のことなのだが、ネットのこういう話って、どうしてもひとりで画面に向かう一人称の物語を自分のなかで組み立ててしまいがちなんだなあ、って。 そうやって組み立てて自分がそれでよければそれでよいのだろうが、現実に進行しているおはなしはそういうところにはなかったりする。 ソーシャルメディアで自分のTLばかりを追っているとある日選挙結果に愕然としたり、とか。

結果としてClaireは加害者でも被害者でもないとすると、この物語におけるClaireって誰だったのか? フェイクから始まった彼女の恋は恋とは呼べない/呼ぶべきではないなにかだったのか? そんなこと誰が断言したり裁いたりできるのか? そういったことを考えさせてくれるので、よい映画だと思った。

ここで起こったことって結局、出会いの現場で年齢とかルックスでフィルターを(意識的にも無意識的にも)かけてしまうやらしい男たちととにかく恋がしたい女たちの闘い、と言えるのかも知れないが、勝ち負けはともかく、恋の渦中にあるClaire - Juliette Binocheの輝きはすばらしいったらないので、見てほしい。
(この役をIsabelle Huppertがやったら、やっぱりサイコスリラーになってしまう気が..)

ClaireとAlexがベッドで一緒に読みあう本はリルケの詩集”The Book of Hours” - 『時祷詩集』- のなかの”The Book of Pilgrimage” (1901)からの有名な一節。 この詩をふたりで読んだって、結果はああなっちゃうんだから皮肉なもんだわ。


ロックダウンが始まってから何度めかの金曜日で、久々に野暮用(ほんとのや・ぼ・Yo!)でオフィスに行ったりしたのだが、週末って、金曜日の会社があるから週末なのかもねえ、とか思った。
思ってから、それって社畜の考え方なのかもなー、って。 この期間を通過したら月曜日や金曜日の捉え方とか、たぶん労働に対する考え方も変わってくるのよね。

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