7.05.2011

[film] Millenium Mambo (2001)

今年の爆音映画祭は、26日の"They Live" (1988) だけはなんとしても、と思っていたのだが、Twitterみたら混んでて当日券あやしそうで、行ってだめだったらやだし、他方でお片付けとかぜんぜん終わらず、じたばたしているうちに諦めてしまった。 やはり吉祥寺はちょっととおい。

で、とにかく火曜日は、新宿からごご4時くらいに着いたのだが、とにかくあっつくて、6時過ぎの"Millennium Mambo"まで、かき氷でも食べてふらふらしていようと思っていたのだが、氷屋を探しているうちに熱にやられてから揚げになってしまいそうな熱気で、なんとしても屋内退避するしかないなこれは、ということで『右側に気をつけろ』(1987)から見てしまうことにした。

これ、公開時に劇場で3回くらい見ているし、何年か前の爆音でも見たし、LDももってるし、パンフももってるし、agnes b.が公開時につくったでっかいポスターももってる。
でも、80年代ゴダールでいちばんすきなのはだんとつで『カルメンという名の女』(1983)で、これはそんなでもない気もするのだが、でも何度みてもおもしろいことはたしか。

映画についての映画、光の軌跡としての、轟音と共に軌跡を描く乗り物としての映画、のるかそるか、右側に気ぃつけとけ、そんなふうなの。

で、"Millenium Mambo"のほう。
最初にみたのは2004年の米国で、とにかく冒頭のみしっとした音の壁というか空気感にやられて(ずうっと背景は赤、スモーキーな赤、だと思っていたがちがった、なんだったのか?)、これはまたみたいー、と思ったのだが内容はすっかり抜けおちていた。 
でもこの映像と音とスー・チーがあれば/いれば、あとはなんもいらない。 

でも前半はやっぱりきついし、見ててぜんぜん楽しくない。
90年代のほんとに終わり、とあえて置いたのかもしれない閉塞感、密室感、依存症、威張り合い、小競り合い、あんなのはもういい、思い出したくもない。

ミレニアムだよ、ととりあえず置いてみたような時代の輪切り。 この映画は、2001年から10年後の世界から、自分のことを「彼女」と呼ぶVickyの語りと共に綴られる。

10年前はさー、こんなんだったんだよ、最悪だよね、という軽い溜息と自嘲、それは同時に、10年後にはこんなふうにあってほしいなー、という、彼女のうっすらとした祈り、とも重なりあう。

彼女はあのまま日本に残ったのだろうか、夕張に向かったのだろうか。
残ったのだったら、彼女はもう知っているよね。 
2011年の日本は断然、もっともっと最悪なんだって。

そういうふうに、10年の時を隔ててノックをしあう自分、そして世界。 
冒頭のあれはタイムトンネルで、それは20年後、30年後と繋がっていても構わない。
どっちにしても最悪なのか。 どっちも最悪なら、べつにいいじゃん、泣くこたない、なのか。

世界をそんなふうに切り取って、それに"Millenium Mambo"と名付けてみて、それを風船のように宙に浮かべて平然としているかんじ。 次の次の”Three Times” (2005)の時間のありようもこんなんだった。
描かれている世界はとことんWetなのに、眼差しはどこまでもCoolで、醒めてて。

外に出たら熱風と湿気と共にすごい耳鳴りがして、映画と繋がってるなー(除.夕張)とおもったのだった。

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