2月21日、火曜日の晩、英国のMUBIで見ました。
オーストリアのMarie Kreutzerの作・監督による、オーストリア/ドイツ/ルクセンブルク/フランス映画。主演のVicky Kriepsが製作にも入っている。
ハプスブルク家のオーストリア皇后エリザベート(1854-1898)の40歳の誕生日に向かう1877年頃の王宮/家庭生活を中心に描く。手法としてはSofia Coppolaの”Marie Antoinette” (2006)やPablo Larraínの”Spencer” (2021)でも描かれた王族~王妃のふざけんじゃねえよ‐やってらんねーや、の日々をフィクションとして綴っていくのだが、今作の破壊力は格段で、一番好きかも。
コサージュ、は装飾の飾り花のことではなくて、ドイツ語でコルセットのことで、冒頭、Empress Elisabeth of Austria (Vicky Krieps)は侍女にコルセットを付けて貰いながら紐をきつく締めるよう、もっと、もっと、って何度も指示して、そこからウェストのサイズを書き留めたりして、お湯につかったりダイエットしたり、こんな風に周囲やしきたりやソーシャルから求められること、夫のためにすること、自分でなんとかしたいと思っていること、などの間できりきり(でも)つーんと振る舞いながらずっと爆発しそうな何かを抱えこんだり飲みこんだりしている(ことが窺える)。”Corsage”というのは彼女の身体をきつく縛りあげる器具であり、それをまずコントロールする/できる - 失神したりも含めて - のは自分であり、でもその装着を要請してくるのは当時の社交界なり文化なりで、その縛り要請に応えることで彼女はその特権も含めて一員として認められる、そういうのの象徴(まずは器具・道具)としてあって、自分はその内側で絞られて締められて耐えるしかない。
16歳の時に皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と結婚したが、夫 (Florian Teichtmeister)はずっと公務で忙しく半別居状態で、彼の浮気の現場も目撃しているし、息子の皇太子Rudolf (Aaron Friesz) – 後にMayerling事件を引き起こす彼ね - も既に手を離れて好きなように動き始めているし、戦争が起こりそうな雰囲気もあるし、彼女が自分の才覚や美貌で彼らを繋ぎとめていいようにできるのはとうに無理であることは十分にわかっている。なのでハンガリーの貴族と浮気したり、英国の田舎に出かけていったり(会うのはダイアナのSpencer家)、鬱の解消のためにヘロインに浸かったり、好きなようにやらせて貰いますから、って中指突き立てて王宮の外に出ていく痛快さ。
それだけではなくて、女性の精神病患者がいるサナトリウムを訪れて、ヒステリーで拘禁されている患者をお見舞いする。この頃のウィーンの精神医学の発達の並びでクリムトっぽい肖像画を描いてもらっているElisabethのこと、更に当時の新技術として登場した写真や映画で撮られる自分の像と、どちらが真実と言えるのか、など虚像(虚飾)と実像、イメージを巡る当時の潮流 – その乖離や断層が、その周辺の欺瞞や腐蝕のなにもかもが彼女には見えていて、ぜんぶがうっとおしいし。
いろんなエピソードを重ねながら、自分を飾ってくれる美と、それらに対する愛しさと、自分の手から否応なく零れ落ちていくそれらと、でも失われずに終わりに向かってどん詰まっていく時間と、でもそんなの自分のせいでもなんでもないし大きなお世話だしうるせーよ、っていう普遍的なところは今の時代にもそのまま当てはめることができるので、”Marie Antoinette”にもあったような現代のアイテムもちょこちょこ出てくるのだがその現れ方は随分ちがう。”Marie Antoinette”がNew Waveの優しさと柔らかさで包んでくれたのに対し、こちらにははっきりとフェミニストPunkの刺々しさと不機嫌と毒がある(よいこと)。
こないだの『彼女のいない部屋』にひとり座っていたVicky Krieps、あの静かな切迫感 – とても大切なものが失われている – なにかが欠落してゆっくりと狂ったり腐ったりしていく、その事態をはっきりと自覚し始めたときの彼女の眼差しとかほつれて広がる髪の毛とか、それをいきなりばっさりしちゃうとことか、ほんとに強くて目が離せない。そこからのあの最後の方、タトゥーを彫ってからのー。 とにかくぜんぜん湿って暗くならないところがすごいったら。
音楽は鼻歌のように脇を流れていくCamilleがよくて、他にはKris Kristoffersonの“Help Me Make It Through the Night”とか”As Tears Go By”とかも同じ宮廷音楽のようなトーンで流れてくるのがおもしろい。
ああなりたいもんだと思った。貴族じゃないけど。
2.27.2023
[film] Corsage (2022)
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