3.31.2020

[art] Titian: Love, Desire, Death

3月に(ロンドンで)見たアート関係のをみっつ。

まずは15日、日曜日の午前にNational Portrait Galleryで見たふたつ。

Cecil Beaton’s Bright Young Things

“Bright Young Thing”っていうのは英国の、第一次大戦後の好景気を背景に出てきた貴族を中心とした若くてリッチできらきら連中を風刺してタブロイドとかが使っていた用語で、彼らを題材にしたEvelyn Waughの”Vile Bodies” (1930)もこれを元にStephen Fryが映画化した”Bright Young Things” (2003)も読んでいないし見ていない。Cecil Beatonのキャリアのなかでは初期のもので、彼はここで掴んだコネから上流とか王室さんに入りこんでいく。というか、彼がそもそも持っていた装飾おしゃれ大好きな資質がBright Young Thingsとの出会いで更に加速して花火がぶちあがった、ただしとっても上品に、というか。

始めの方では家族内で2人の妹を相手にコスプレ写真のようなのを撮っていたのが学校仲間にも及んで、そこから文壇やアーティスト、貴族に王族にまでソーシャルに花開いて華麗なる英国貴族絵巻が広がっていって、そのおしゃれでブリリアントなことときたらどれもレコードジャケットみたい(←そういうふうにしか見れないのか)で、彼の写真ばかりでなく同時代の素敵な肖像画もいっぱい(有名なEvelyn Waughのとか)あって、しかもそれらをトータルに”Cecil Beaton’s”として括ってしまってなんの違和感もないところがすごいなー。

David Hockney: Drawing from Life

これもNational Portrait Gallery、Beaton展の隣で展示していて、入り口にはお花をバックに談笑するCecil BeatonとDavid Hockneyの大きな写真がある。

David Hockneyのドローイングと肖像画はPicassoのそれと同様にいつ見てもなにを見てもおもしろくて楽しませてくれて、それはなぜかと言うと、そのタッチとか控えめな色彩、対象がHockneyを見つめる目とHockneyが対象を見つめる目がその柔らかい線の重なりのなかに溶けているような気がして、続けて見ていくとHockneyが触れて接してきた人々に過ごした時間も込みで囲まれていくようなかんじになる。

展示は50年代のThe Royal College of Artに通っていた頃の自画像、両親を描いたものから始まって、後半の親しい3人の友人たち - Celia Birtwell, Gregory Evans, Maurice Payne - を数十年に渡って描き続けた作品群のすばらしいこと。 Drawing of Life、ではなくDrawing from Lifeって。

で、これをCecil Beatonのと続けて見ると、いろんな人に囲まれたり見守られたりしつつ作られてきた20世紀アートの最良の部分がここにあるのかも、って。Beatonの後にはシュールレアリスムやモダンアートが興り、Hockneyの後にはポップアートやパフォーミングアートが興り、「パブリック」や「ソーシャル」を「コンセプチュアル」にかき混ぜる動きもあったりするわけだが、彼らはそれらからちょっと離れてガーデンでお茶を飲んだりしていて、優雅なもんだよな、って嫌味が出てしまうのはわかるけど、べつに幸せならいいんじゃないの、って。

National Portrait Galleyって、なにもなければ改装のためこの6月で閉めて2023年にリオープンの予定だったのだが、このまま閉まっちゃうのかなあ。もう一回行きたかったよう。

Titian: Love, Desire, Death

18日、水曜日の昼間 - 在宅勤務が始まっていたけど昼休みに – National Galleyで見ました。
16日に始まったばかりの展示なのに、National Galleryも19日から閉めるって言うのでわずか3日間の会期。 暫く閉まってしまう前、最後にこれぞクラシック、みたいなど真ん中の絵画を見ておきたいな、って。

1551年、スペインのPrince Philip - 後のKing Philip II(フェリペ2世)が当時世界一でぶいぶい言わせていた巨匠Titian (ティツィアーノ・ヴェチェッリオ)に委託し、1562年までかけてOvidの”Metamorphoses” - オウィディウスの『変身物語』 - を元に制作された7枚の連作「ポエジア」 - スペインとかアメリカとかイギリスとか世界中に散らばっていたやつが3世紀だか4世紀ぶりに一箇所に集まったのだという。

というわけで、部屋に入ると壁四面に『ダナエ』-『ディアナとアクタイオン』-『ディアナとカリスト』 - 『ヴィーナスとアドニス』-『ペルセウスとアンドロメダ』-『エウロペの略奪』-『アクタイオンの死』(たしかこの順番..)、の本物がどかどか並んでいて、それはそれはすごい。若冲の『動植綵絵』揃いみたいに、怪獣総進撃みたいにすごい。ぜったいみんなどこかの部分だけでも見たことあるはず。

この頃のティツィアーノはもう晩年で、若いフェリペ王子を悦ばせてやろうとエロエロ路線全開でいった、みたいなことを解説では言っていたが、女性の腰とか尻とかの肉の描き方がとにかくぶりぶりに肉してて、これ、翁はどんな顔して描いていたのじゃろうか、って。

5月4日に再オープン、てNational Galleryのサイトにはあるのだが、どうかしら?


こうして3月が行ってしまうよう。 3月の初めにはこんなことになるわけない、ってみーんなが思っていたはず。 4月は少しでもよい方に向かいますように。これだけ人が亡くなってて「よい」ってなんだよ、って既にやけくそだけど。

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