11.14.2019

[film] The Irishman (2019)

8日、土曜日の午後、CurzonのBloomsburyのでっかい画面で見ました。 上映時間3時間半なので午後だいたいぜんぶ潰れた。

NYFFではOpeningピースとしてプレミア上映され、LFFではClosingピースとして上映され、前評判も上映後のレビューも熱狂的でチケットがとんでもない速さでなくなってしまったので上映日には一般上映館でも急遽追加で上映されたりしていた。Martin Scorseseの久々のギャングもの、とかDe NiroとPacinoとPesciの競演とかいろいろあるのだろうが、なんでかすごい人気なの。

冒頭、カメラは病院と思われる建物の奥にぬいぬい進んでいって、音楽はゆったり甘いDoo-wopで、車椅子に座っているよぼよぼの老人に近づくと、彼 - Frank (Robert De Niro)が彼のここまで直近40-50年の人生を語り始める。

最初はステーキ用の肉塊の調達配送でズルとかしてバレても堂々と口を割らなかったのでマフィアのボスのRussell ( Joe Pesci) に認められていろんな仕事 – だいたい人殺しとかのお掃除 - を任されるようになり、やがて当時の組合の大物でスターのJimmy Hoffa (Al Pacino)の側近をすることになるのだが、こいつが手のつけられない傲慢野郎でどうしたものか、になっていって.. というのが現代の車椅子の彼の語りと、ドラマの本筋であるJimmy Hoffaをなんとかする車~飛行機の旅と、そこに至るまでの彼の経緯や経験と、時間の前後がとりとめなく繋がっていって、だいたいよぼよぼのFrank、貫禄がでてきたFrank、脂ぎったFrankの3種類の顔と佇まいでどの時代の動きなのかを知ることができるのだが、いろいろおもしろい。

3時間半は確かに余り長く感じない。物語は別の物語を呼びこんだり挿入したりの2階3階建て構造になってはおらず、時代の3点をFrankの語りで繋ぎながらもどこまでもフラットに横に滑っていって来るべきクライマックスや大円団に寄ったりそこを中心に廻っていったりすることはないし、そんな山も波もないし、そもそもFrankには苦悩や葛藤のようなものがぜんぜんなくて、その結果対峙したり乗り越えたりするなにかもちっとも現れないものだからドラマになる要素が希薄なの。とても軽い、けど考えるところはいっぱいある。

Frankはただ頼まれればはいはいさくさくとパーフェクトに仕事をして、それで生き延びてきた。人殺しでもなんでも、頼まれたことをただこなしただけなので、それで罪に問われてもはあ? なにが悪いの? しかないの。あまりに空っぽで中味がなくて悩みもなくて、それでいいの? と問われてもその問い自体の意味も理解できないだろう。ボスや周囲の人から認められて仕事を任される、それをただ実行する、これのどこが悪いのか? って。

ここにアメリカの60-70年代の実際の出来事や世相が被さることで見えてくるのは、当時の(おそらく今も)大多数のアメリカ人の心象とか志向が割とそうなのかも、みんなそうやってきたのかも、ということ。(これのどこが悪いんだ?  ってじじいが偉そうに居直るのってまさに今のにっぽんもな)

今年のもうひとつの話題作 – “Once Upon A Time… in Hollywood”との比較でいうと、あれがありえたかも知れないオルタナ出来事を中心に(映画の)世界と歴史を再構成しようとしたのに対し、こっちのは実際に起こったきな臭い出来事を軸に(ギャングの)世界と歴史にいろんな線と面を引いてみる。ものすごくいろんな顔と声と、その向こうに可能性が拡がっているのがわかる。どちらもだいたい50年前のアメリカ。

もういっこ、ここはとにかく男しかいない男の世界で、というのもFrankの視界にはそれしか入ってこなかったから(なにが悪いんだよ?いろいろ守ってきたんだよ)で、唯一、棘として刺さってくるのが彼の娘のPeggy (Anna Paquin)で、なぜなら彼女だけが彼のやってきたことを察知して最後まで彼を許そうとしないから。このギャップもまたアメリカが辿ってきた道だよね。(そしてにっぽんはまだまだ..)

俳優陣は誰も彼も申し分なくすばらしく、久々に“Son of A Bitch!”を連発しながら暴走していくAl Pacinoを見れたのがよかった。なんでか昔(2003年頃?)に小さな小屋で見た彼の芝居- “Salomé”を思いだす。このときSaloméを演じたのはMarisa Tomeiだった。

老人ばかり、というところで、例えばここにClint Eastwoodがいたらどう? とかちょっと夢想したり。彼が”The Mule” (2018)で演じた運び屋ってFrankに近い - Frankのが十分自覚的ではあるものの – やはり忌々しい棘にイラつくばかりの空っぽな老人の姿だった。

音楽は甘めのDoo-Wap - "In the Still of the Night" - とか、とRobbie Robertsonのノワールの世界がすばらしい光と闇のバランスを見せる。

これを見ると、ScorseseがなんでMarvelの世界を批判したのか、なんとなくわかる気がするのだが、その辺は、もうちょっと考えを転がしていたいかも。

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