Barbicanで、11日から14日まで、”Sounds and Visions”ていう音楽とフィルムのプチフェスがあった。キュレーションはMax RichterとYulia Mahrのふたりで、有料のと無料のが組み合わさってて音楽のはぜんぶで7セッションある。映画の方は、Maya DerenとかRay EamesとかPeter Greenawayとか。
このうち11日金曜日の晩と、12日土曜日の晩の – どちらもMax Richter自身の演奏演目を含む - に行った。ぜんぶ行きたかったけど、13日からロシアに出張だったのよ。
そういえば昨年の5月は、”Sleep”のSleepover演奏会があったんだよね。
Session One : Max Richter: Infra + Kaitlyn Aurelia Smith + Jlin
11日の晩の。最初にMax Richterさんが出てきて今回のイベントのキュレーション方針について、まず自分達が聴いたり見たりしたいのをenthusiasticに選んだのだと。だから楽しんでね、って。以下、登場順で。
Jlin : 前日に主催者から結構強いストロボとスモッグを焚くのでだめなひとは気をつけてね、とメールがきて、ストロボだめなので薄目で見ていた。 ラップトップとダンサー1名で、結構分厚い音でがんがん攻めてくるのだったが、あんま来なかった。
Kaitlyn Aurelia Smith : ステージにはケーブルで膨れあがったモジュラーシンセがあって、ケーブルを抜き差ししつつ慌ただしく動いていると思ったらきれいな声で歌を被せてきたので結構びっくりする。牧歌的でドリーミーでサイケでときどきドラマティックで、約50分間、ノンストップで全く飽きさせずにいろんな音の束や雲を浮かべて投げてきて、かんじとしてはぶっ壊れて向こう側に飛んでいってしまったEnyaみたいな。 大喝采だった。
Max Richter: Infra (2010)
もともとはWayne McGregorのダンス用に作られた音楽で、日々流れていく – でも不変な交通のイメージがあるという。 真ん中にキーボードがあって、取り囲むように12Ansemble(楽団)の弦。
前方のスクリーンには黒をバックにシンプルな白線の人体が右から左へ、左から右へ歩いたりすれ違ったりしていくアニメーション - 人体は女性、男性、軽装のひとスーツ着たひと子連れ、など線のかんじでわかる。音楽の進行に合わせて流れていく人数は増えていって、でも増えすぎて破綻したりすることはない。 日々の交通インフラのように左右均質に等量に流れて/流していってそれで保たれているなにか。 というイメージをゆったりとした弦のベースの上に飛んだり散ったり瞬いたりしていくエレクトロやパルスや鍵盤がきちきちと構築していく。揺るぎないなにかであることはわかっている、はずなのだが、どこか不安定で脆いかんじもして、油断ならなくてスリリングで。 この常に揺らいで落ち着かなくてとりとめのないところに惹かれるのだな、と思った。
Session Four : Ives, Berio, Richter + Colin Currie: Reich
12日晩の演目は、ReichにIvesにBerioにRichter。
Steve Reich: Tehillim (1981) by The Colin Currie Group
前説のRichterの説明によると、Reichは70年代のミニマル音楽の追及を経て、この作品に顕著なようにユダヤ文化を始めとするより広い政治や文明のコンテキストを扱う方にシフトしてきたのだと。
冒頭から何層ものヘブライ語(旧約聖書のテキスト)の女性ヴォーカルが重なり、そこにパーカッションが入って弦が来て、めちゃくちゃこんがらがっててどこ行くかわからなくておもしろいったら。ずっとパーカッションをしゃかしゃかやっていた人、大変そうだった。
Bryce Dessner: Réponse Lutosławski (2014) by 12 Ensemble
次のIvesまでのインターバル中にロビー(チケットなしでフリーで見れる)では12 EnsembleがBryce Dessner氏の曲を演奏していた。このひと、The Nationalのギター担当なのだが、こないだSouth BankではWorld Premireの演奏会していたし、ふつうに現代音楽の作曲家として認知されている。 The Nationalぽいとこあるか少し探してみたが、それはぜんぜんなかったねえ。
Ives : The Unanswered Question (1908, 1930-35) by BBC Symphony Orchestra
結構な大編成のオーケストラで、20世紀初のアメリカ、というかんじの壮大な音を聴いてReichとの落差に戸惑っていると、ラストになんかすごくおもしろいのがきた。
Berio: Sinfonia (1968-69)
そのままBerioのめちゃくちゃなオーケストレーションのコラージュに突入する。指揮者の周りにテキストを読む男女が囲み、BeckettからKing牧師までテキストを交互に読み上げつつ、オーケストラの方はバッハからヴィバルディからマーラーからブーレーズまで - 自分でもわかるくらい解りやすい切り貼りを豪快にぶちあげ、絵巻物として広げてみせる。 ごろごろごろ。
Righter: Three Worlds (2017)
昨年2月にRoyal BalletでWayne McGregor振付の”Woolf Works”を見て、ものすごくよくてびっくりして、そこで流れていたのがこれで、自分はここからMax Richterを聴きはじめた。
Three WorldsていうのはWoolfの作品でいうと、”Mrs Dalloway”, “Orlando”, “The Waves”の3つで、これらをものすごく大雑把に言ってしまうと、それぞれ意識、時間、死、なのだと(とRichterは言った、たしか)。
冒頭に流れるのがVirginia Woolfの唯一現存している声の録音で、それらの声が導き、声が途絶える地点から始まる大きな避けようのないうねり - 波の外側と内側にあるもの。 どうしたって逃れることができない恐怖と、そこに身を委ねてしまうことの甘美さが背中合わせでくっついてきて、結局どうすることもできやしないんだわ、とため息をついていると終わってしまう。
会場にはRough Tradeが出店してMax Richterのレコードを売ってた。そういう聴かれ方をしてるの。
5.23.2018
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