11月26日、日曜日の午後から晩にかけて、新文芸坐で見て、聴きました。
John Zornの60歳の誕生日の時 – 2013年9月はNYの彼の小屋The Stoneを中心に一ヶ月間還暦お祝いのライブが続いて、そのいくつかは行って、9月2日お誕生日のBirthday Inprov Nightも行った(ことがこのサイトにも書かれている)。なので今回もSFやNYのホールで行われた70歳記念に行きたかったのだが無理だったのでせめてこれくらいは、と。
John Zornそのひとについては勿論80年代から知ってはいたが、Painkillerなどはやや怖くて謎のイメージがあり、実際にライブを見た最初は2002年の2月、Knitting FactoryでのMassacre – dsはCharles Haywardだった - のライブのゲストだった、かしら。
その後、やはりNYのダウンタウンの潰れてしまったライブハウスTonicの資金集めとかクローズ前のライブとか、The Stoneができてからはそこでのとか、ライブで演奏する姿を見ている回数でいえば、実は彼のが一番多いのかもしれない。夏に観光で行ったNYでも食堂のテラスに彼がいてお喋りしているのを見たし。
今回の誕生日イベントはMathieu Amalricがひとりで撮影して監督している(編集はCaroline Detournay)ドキュメンタリー・フィルムのZorn I, II, IIIの現時点までに出ている3本の一挙上映と、その後で東京作戦アニバーサリー部隊 - 東京部隊アニバーサリー作戦と間違いがち – のライブという、これだけどかどかやったらなんか少しは彼にも届くのではないか、くらいの。
Zorn I (2010-2016) (2017)
年代で区切ってあるので、その時代のいろんな土地でのライブ活動やリハーサルの風景を追っていく。ここまでの3部作全体に言えることだが、John Zorn自身が演奏に加わって吹いたり弾いたりしているライブ映像はそんなになくて、ライブイベントのあるその土地に行ってオーガナイズしたり、リハーサルの場面で奏者に細かに指示を出したりしている場面の映像が多い。彼を中心とした音楽のギャングのような凄腕たちの即興だろうが前衛だろうが、の面々 - 巻上さんも - の凡そが紹介され、ライブで音を出しているその時間、よりも音が音楽となるその瞬間を掴まえようとしているかのようで、こういう場の見せ方にJohn Zornの音楽に対する姿勢や態度が反映されているのだった。 リハーサル場面では”Freud” (2016)の弦に細かな指示を出していたり。
あと今は別の場所に移転してしまったがThe Stoneの旧館での演奏風景とか懐かしい。ここは本当に「彼の小屋」で、凍える冬に屋外で並んで待つのは本当にしんどかったのだが、時間になるとJohn Zornがドアを開けて、彼に$20とか代金渡して、終わると映画にもあったようにお片付けも彼がやってて、他にはバイトみたいな人がひとりいるかいないかくらいの、本当にコンパクトなスペースで、そんなに数を通えたわけでもなかったけど、そこで鳴り響く音楽ときたら極上でとんでもなくて、そこではもちろんJazzだの即興だのジャンルなんてどうでもよくなるの。
Zorn II (2016-2018) (2018)
リスボンでの音楽イベントの準備風景と彼の”Necronomicon” – だったかな?のリハーサル風景を追っていく。59分なので、こんなのあっという間。
Zorn III (2018-2022) (2022)
フィンランドのソプラノ歌手Barbara HanniganとピアノのStephen Goslingが、Zornの “Jumalattaret” (2012)をリハーサルを通して仕上げていくさまをずっと追っていって、これがもう本当にすばらしい。音楽ってこういうふうにできて練られて形になっていくんだ、って。最初は難しすぎてできない、という彼女に音楽の「完璧さ」について手紙で返す箇所も含め、教育者としての彼のすばらしさを思い知る。なにより音楽ドキュメンタリーってこうあるべきでは、というのがJohn Zornの譜面を追う姿、指示をだす姿、喝采する姿、などに凝縮されていて、そこらのフィクションなんかよかよっぽど感動する。
どの作品も終わりには”To Be Continued …”と出るので次の機会にはあと3本くらい増えていますように。
John Zorn's Cobra 東京作戦 アニバーサリー部隊
プロンプター巻上公一を含めて14名のバンドがJohn Zornの”Cobra”を演奏する。映画館なので楽屋もなく、映画上映が終わって外に出るとバンドの人たちがふつうに映画館のフロアに座っていておかしかった。
そういう状態なのでリハーサルの時点から入れてくれて、この曲の難しさについて – この曲のルールを知って演奏することができのはJohnの他には巻上さんだけで、ルールとセオリーの説明を始めたら1日掛かる、そういうものなのだ、など巻上先生によるレクチャーも入る。
演奏者の自発性がひとつのキーであり、プロンプターと各演奏者、演奏者同士の目合図の取り合い奪い合いが重要な要素となるこの曲で、奥行きが狭く13名が横長に広がるしかない - プロンプターはステージを降りて座席の最前列に立つ - 映画館のステージはめちゃくちゃやりにくそうであったが、それもまたスリリングな要素のひとつではあり、実際に聴いてみると、あーこういうやつかーそうだろうな、しかない。鎌首をもたげたコブラに睨まれてしまうのと同じで目を離せなくなり耳もついていくのが精一杯で、噛まれた毒がまわるのも早い。ここにJohnがいたらさっき見た映画のように微笑みながらなにかを教えてくれたに違いない。なんだかんだあっという間で、これは体験するしかないやつだった。
RIP Shane McGowan.. いつかこの日が来ることは覚悟していたけどやっぱり悲しい。
”If I should fall from grace with God where no doctor can relieve me” - ライブのたびにまたShaneのやつ... って笑いあいながら、それでも、それだからこそあんなに歌って叫んで踊った、どれだけ一緒に地面を蹴っ飛ばしたことだろうか。そのうちお墓参りいくからね。 ありがとう。安らかに。
ああそしてElliott Erwittも…
12.01.2023
[music] John Zorn 70th Anniversary Special
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