12月9日、土曜日の昼、ル・シネマ 渋谷宮下の特集?「ウォン・カーウァイ ザ・ビギニング」で4Kリストア版を見ました。
原題をそのまま訳すと「九龍のカルメン」、邦題は『いますぐ抱きしめたい』、英語題は”As Tears Go By”。 Martin Scorseseの”Mean Streets”にインスパイアされたというウォン・カーウァイのデビュー作。
14歳から香港の闇社会で暮らすやくざのAndy (Andy Lau)には子分のJacky (Jacky Cheung)がいて、借金の取り立てを主な生業にしているのだが、気が早くてつんのめってすぐ沸騰して騒ぎを起こしてばかりのJackyの尻ぬぐいばかりやっていて、付きあっていた女性からはあんたの子を堕したから、って別れを告げられてどうしたもんかー、になっている。
ある日Andyは、ランタウ島の叔母から電話でいとこのMaggie (Maggie Cheung)が病院の検査でそっちに行くからよろしく泊めてやって、って言われて、現れた彼女はマスクをしてほぼ喋らず外にも出かけず具合悪そうに部屋でぼーっとしている。
Jackyは子分の結婚式の宴会の仕出しでもめたり、つみれの屋台の出店で小競り合いしたり、自分で火を点けてまわるような騒動が絶えなくて、特に同じ親分の下の別の勢力の連中と吠えたり噛んだりが激しく、そこに博打の借金が絡んでもうどうすることもできなくなり… っていうせわしなく血気盛んなヤングちんぴらの抗争が激化していくのと、JackyとMaggieが燃えあがる、というかんじでもなく、することもないしなんとなく近寄って、ゆっくりと親密になっていく絵の対比がなんともいえない。60~70年代の日本の四畳半の青春+ちんぴら任侠もの、で見たことがある気もする切なく燃えあがってしょぼんと消える系のー。
Jackyはぼろぼろの傷だらけになり、Andyもとばっちりで同様になり、Maggieはその間に別の男(医者)と恋仲になろうとしていたところで、雑巾になっていたAndyに再会して..
一瞬で向こうに去ったり消えたりする悪の火花 - 相手を襲って蹴散らしていくアクションの残像のようなイメージの表裏としてあるかのように相手にじりじりとにじり寄っていったり、ただそこにいるだけだったり、忘れられない、運命の恋の行方をしっとりと描く - 暴走と接吻、犯罪と恋愛、というのが『花樣年華』(2000)以前、80~90年代のウォン・カーウァイの基調にある気がするのだが、このデビュー作ではそれらいろんな要素とか記号など、稚拙でせわしないところも含めてぜんぶやんちゃにぶちまけられているような。
ただまあJackyの振る舞いはどう見ても田舎の猿のようにしょうもないガキのそれだし、対抗組のリーダーTony (Alex Man) は同じくらい鈍重で乱暴なだけのバカみたいな奴だし、猫を虐めるシーンは許せないし、連中が犬みたいに終始延々がうがうやりあって殴りあってばかりなのはちょっときついのだが、組織の大ボスからでっかい鉄砲玉案件 - どこそこの裏切り者を暗殺して名を上げてみろ、牢屋に入れられたって出てきたらもう一人前の英雄だ、って言われたJackyはそれを受けてしまう。かつて同じことをやって今、になっているAndyは止めろ、って止めようとするのだが…
主演はAndy Lauだし、撮影はAndrew Lauだし、”Infernal Affairs” (2002)を思いだしたりもするのだが、ノワールにまではとてもいかない、運命が拗れて絡まって堕ちていくようなのではなく、最初から男たちはほぼ全員がクズのまま、ファム・ファタールも男たちを狂わせるまでは行かずただそこにいるだけ、”As Tears Go By” - 涙あふれて - だったり「抱きしめたい」だったり、ほぼそれだけのかろうじて犯罪青春映画。
なんだけど、AndyとMaggieがなんで近寄っていって「抱きしめたい」になったのか、そのあたりはもうちょっときちんと描いてほしかったかも。Andyの部屋でMaggieがどんなふうに過ごしていたのかとか。Maggie Cheung、この頃から待たされたり置きざりにされたりする女、だったのね。
12.14.2023
[film] 旺角卡門 (1988)
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