4.03.2017

[film] Aquarius (2016)

28日の火曜日の晩、CurzonのBloomsburyで見ました。終わっちゃいそうだったし、と言ってみてもどういう筋なのかよくわかっていなくて、水瓶座だし、くらいで…

ほんとうに、ミスしないでよかったと神に感謝したくなる素晴らしい映画だった。

物語は1980年から始まる。 Clara (Sonia Braga)の家族と友人たちはおばさんのLuciaの誕生日にアパートに集まっていて、白髪のLuciaおばさんはかつてのSex Revolutionの闘士でありアクティヴィストとして激しい人生を送ってきたこと、そういう過去を、彼女の愛の物語をこのアパートの家具たちは知っていることが綴られる。そこでのClaraの髪は「Elis Reginaのような」ショートで、病との闘いから生還したばかりであることがわかる。

そこから現代になって、レシフェの浜辺沿いに建つ”Aquarius” - ClaraはLuciaの誕生日をしたのと同じアパート - に家政婦のLadjaneとふたりで暮らしていて、ある日人も育ちも良さそうでさわやかな笑顔の若者が訪ねてきて、遠回しにこのアパートは古いし他の住人はいなくなっているし女性だけだと心配なのでここに”New Aquarius”を作りたいのだがもちろんお金は出すし、とか言われてClaraは穏やかにありがとうでもここを離れるつもりはないから、とあっさり返す。

そこからしばらくすると、建物になにかを運び込む業者が現れたり空き家で夜通し乱行パーティをする連中が出て来たり階段に糞が撒かれたり、明らかに嫌がらせと思われることが続いていくのだが、Claraは極めて平静にひとつひとつ毅然と立ち向かっていく。

映画はよくある地上げ屋 vs. 負けない住人、の戦い - どうなるのかしらはらはら - という方には行かず、そういうことが日常のノイズとしてやってくることを横に置きながら、いろんな面で老いを感じ始めた65歳のClaraの焦燥や諦念やいろんな決意、そして恋を含めたいろんなことを淡々と追っていく。結果としてClaraのとてつもない強さ、Claraを中心とした見事な女性映画 - Claraだけじゃなくて周りの女性ぜんぶすごい - になっている。 そして女性というとき、これもありがちの母性や家族愛やそれらに纏わる責任、みたいなところには回帰させない。 彼女ははっぱも吸うし夜中に友達に教えてもらった男のサービスを呼ぶし、要は好き勝手に生きている。

その力強さをしっかり彩って支えるのが、アパートのリビング(このリビングを含めてここのうちのインテリアはとても素敵)の棚にいっぱい詰まったアナログレコードで、彼女自身がたまにそれをターンテーブルにのっけて再生する。80年にはカーステのテープがあり、レコードがあり、現代なのでMP3の話も出てくるが、彼女は擦りきれたジャケットのアナログ盤を、そこに挟まった紙きれも含めて瓶のなかのメッセージのようなものなのよ、と若者に説明する。(うんうん)

とにかくその選曲がよくてねえ、乱行パーティの騒音に対抗するときにQueenを使ったりもするけど、Gilberto GilからRoberto CarlosからVilla-Lobosまで、珠玉のブラジル音楽が次から次へと水瓶の底から湧きでてくるのでたまんない。甥に彼女ができたと聞くと、彼女にはMaria Bethâniaを聴かせるのよ、と言ったり、Paulinho da Violaの言葉がさらりと引用されたり、そういう音楽のまんなかで彼女の魂は育まれてきたんだから、だから。そしてブラジル音楽というのはブラジルの歴史を貫いてそういうふうに水のように風のようにそこにあるものだったのだから、と。

全体は3部構成 - “Clara’s Hair” - “Clara’s Love” - “Clara’s Cancer” - で、3部だからというわけでもないが、少年の成長と覚醒をダイナミックに描いた”Moonlight”との対比でこちらは老年期の女性の緩やかな足取りと悟りを描いていて、でも主人公の思いにどこまでも寄り添おうとする親密さと揺るがない強さは共通しているねえ、と思った。

それにしてもSonia Bragaのすばらしいこと。 2016年の主演女優は”Elle”のIsabelle Huppertの圧勝かと思っていたが、”Clara”も相当にすごいよ。 あのラストの痛快なことときたら。
Sonia Bragaさんて、Tom Jobimの追悼コンサートのときに生で見ていたことを思い出した。あのときも素晴らしい髪だねえ、と思ったことを思い出した。

これ、昨年のTIFFで上映されているようだが、ちゃんとしたかたちで公開してほしい、と日本のブラジル音楽好きは騒ぐべき。

あとさー、最近の霞ヶ関とかみてもわかるように、いま世の中で一番やくざでしょうもないのは学があって愛想もよくてしれっと「社会貢献」とか言ってる奴らだよね。 くそったれ。

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