7.22.2022

[film] その場所に女ありて (1962)

7月9日、土曜日の昼間、『メタモルフォーゼの縁側』の後に国立映画アーカイブの東宝映画特集で見ました。上映前に司葉子さんのトークつきの。

トークの前に前日の事件のことで黙祷しましょう、ってきたので、ふつうに無視する。国会前に何十回通っても我々の声を聞こうともしなかった奴に向かって祈る言葉なんてねえよ。国葬にしたって、寝言言ってんじゃねえ、しかない。そんな死人のためになんで税金使う?

この後のトークもフォトセッションも写真は一切だめだとか、変なの、って思った。トークの中でも語られていた日本のスターシステムがなにを守ったりしながらできあがっていったものなのか、よくわかる。だからこうして作られたアイドルとかそれを追うメディアはみんな庇護者としての自民党の方に行くのか、と。このシステム、世界から見たらすごく異様で気持ち悪いよ、もちろんこれだけの話しではないけど。

監督は鈴木英夫、英語題は”Woman of Design”とか”The Woman There”とか。ポスターからなにから大変かっこよいし、昭和の女性映画の傑作の一本だと思った。

矢田律子(司葉子)は銀座の広告代理店「西銀広告」の営業で、同僚には男言葉がかっこいい祐子(大塚道子)とか、社員向けに金貸しをする人とか、男に貢いでいる人とかみんなそれぞれに大変そう。

イメージチェンジをはかりたい難波製薬が発売する新薬の広告を巡って、ライバル「大通広告」のやり手営業坂井(宝田明)とばちばち張り合いつつ、予算がいくらなのかの探り合いに始まって、デザイナーの取り合い – 寝返りとか、賞が欲しくてたまらない(けどせこい)デザイナー倉井(山崎努)とか、同僚の女性社員の死とか、広告営業って大変なのねー、のどろどろがこれでもかって描かれて、負けるもんか、やられてたまるかってたったひとりで立ち向かっていく律子がひたすらかっこよいの。(反対に男たちはなにやってんの? というくらい薄くてなにもしない)

60年代初で、当時は先端だったであろう広告業界の事務方ではないフロントに立つ女性の営業、ここに実際どれくらいの数の女性が携わっていたのか、ここで描かれた世界がどれくらい現場の実情に近いものなのかよくわからないのだが、タイトルの『その場所に女ありて』の「その場所」とは男がいる場所だったのだろうし、「女ありて」とか言っているのは男性なのだろうし、脚本を書いているのも男性ふたり(監督の鈴木英夫と升田商二)なので、ここで女性(律子だけでなくここに登場するいろんな女性たちの境遇も含め)をかっこよく、あるいは悲惨に描くことで、本来男性のものであった戦場(誰がきめた?)の過酷さをやらしく際立たせる、そういう効果もある。 この場所を渡っていくには司葉子くらいの度量と器量がないとしんどいんだぜねえちゃん、わかってるか? ってどこかで見たようなくそじじい共は平気な顔で言うに違いない。実際に難波製薬が売り出そうとする夜の特効薬みたいなしょうもないやつ、こんなのも商材として真面目に宣伝しなければならないきつさとかも。

結局、こういう目線でまんまと持ちあげられたりおだてられたりしてきた半世紀分のツケが、女性活用とか表面では謳いつつ平気で男ばっかりの実情・実態を晒して炎上、とかばっかばかしいこんにちのコピーと表象の乖離として何度も何度もなめてんのか、ってかんじで現れてきていて、律子がまだ生きていたら何十回絶望して壁に頭打ちつけてもやりきれなかったに違いない、とか。

それでも、あの時の「その場所」にあった彼女のクールな目つきとかタバコの吸い方(いっぱい練習した、とトークで言ってた)とか銀座の交差点に立つ姿のかっこよさは申し分なくて、確かに「女ありて」だったのだろうなあ、と思った。

これと同じような男社会の(男社会が許容できる)視点で切り取られた「(できる)女xxもの」って、今でもTVなどにはいっぱい溢れているようで、かっこいい! ってなりそうだけど、いいのかなーって少し。


とりあえず久々の出張から帰ってきて、まだしんでる。 アジア諸国と東京、むしむしは変わらない。
空港に着いて、アプリに接種証明と72時間前の検査結果を入れてFast Trackで前よりは楽かも、って思ったけど、途中でアプリから青紙にかわってまだ紙かよ! とか その紙をもって延々歩かされるところは変わらず。

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