11.16.2023

[film] Loving Highsmith (2022)

11月5日、日曜日の午後、シネマカリテで見ました。邦題は『パトリシア・ハイスミスに恋して』。

なんだかとっても切なく人恋しくなる「恋して」系のドキュメンタリーだった。監督はスイスのEva Vitija。Highsmithの声をGwendoline Christieが担当している。ちりちり、ぺなぺなしたギター中心の音楽はNoël Akchoté、ギターを弾いているのはBill FrisellとMary Halvorson。猫多めでどいつもかわいい。

アメリカの作家・劇作家Patricia Highsmith (1921–1995)の評伝。最初の小説 – “Strangers on a Train” (1950)がいきなりAlfred Hitchcockによって『見知らぬ乗客』 (1951)として映画化、舞台化もされて、その後も”The Talented Mr. Ripley” (1955)を始めとするRipleyもの(5作)のRipleyはいろんな映画のキャラクターとして登場するセレブ悪漢となり、Claire Morgan名義で書いた“The Price of Salt” (1952)が後に”Carol”となったのも有名。こんなふうに彼女の書いた小説は欧米でほとんど映画化されていて、そこに携わった監督もHitchcockに始まってClaude Autant-Lara、Claude Miller、René Clément、Claude Chabrol、Wim Wenders、Anthony Minghella、Todd Haynesなど錚々たる人々がいっぱい、直近だとSteven Zaillianが監督してAndrew ScottがTom Ripleyを演じるNetflixのシリーズ - ってもう出来たのかしら?

このドキュメンタリーのなかでも上にあげた映画からの切り抜きが散りばめられているのだが、彼女の小説の何が、どんな要素が彼ら映画作家たちを焚き付けたのか、ここを小説家観点から掘ってくれたらなー、だったのだが、その目線はあまりなかったかも。

テキサスのフォートワースに生まれて、両親は彼女が生まれる前に離婚して – 別れた実父は母に中絶するように頼んだとか、母もテレビン油を飲んで堕そうとしたができなかったとか、再婚した母に呼ばれてNYで暮らしたと思えば、テキサスに送り返されて祖母のところで過ごしたり、どこまでもさいてーの母に疎まれ嫌われた子であったことが繰り返し語られる。この辺が彼女の小説の作中人物に向けられるあんたなんかいなくなっちゃえば、はじめからいなければいいんだ、的な存在に対する邪悪な視線、こびりついて取れない「悪」に対する妄執を産み育てることになったのだろうか。

作家としてのキャリアができあがって以降は、生誕100年で公開された彼女が遺した書簡や創作メモ、ガールフレンドが撮ったであろう彼女の写真等を中心に彼女の足跡を辿っていく。ポスターにもなっているけど、彼女のポートレートがなんとも言えずぽつんと寂しげでよいの。”Wendy and Lucy” (2008)のMichelle Williamsのような。あれは犬と一緒のだったけど。

そのなかでやはりクローズアップされるのがレスビアン作家としての彼女で、偽名で出版して、史上初めてハッピーエンディングで終わるレスビアン小説 - ”Carol” - 出版から38年後に自分の名前の小説となる – をまんなかに置いて、映画化権を売ってお金はいっぱいあったのだろう、欧米のいろんな土地を渡り歩くように暮らしていって、そこでの暮らしが、そこでの彼女がどんなだったか、存命している当時のガールフレンドに聞いていく。そのなかにはこないだのUlrike Ottinger特集の『アル中女の肖像』(1979)に出ていたTabea Blumenschein – なんてチャーミングな人! - もいたりする。

結果としては愛を貰えなかった孤独な彼女の内面に降りていってそっと触れようとする、とても親密で切ない内容のものになっているような – そしてここに投影される”Carol”の質感がまた… (併せて上映してくればよいのに)

そうして描かれた彼女の肖像から、誰もが知っている彼女の差別主義 – 反ユダヤ主義的な暗い側面は掘りさげられることなく削られている - テキサスの親族へのインタビューで聞いてみても”Shut Up”の一言だし、だからだめじゃん、ではないのだが、彼女原作の映画を見ていてたまに感じる割り切れない気持ち悪さ、不信に近いところの不可思議な感覚、は残るかも。

アメリカの女性作家、ということで”Flannery” (2020)も”Shirley” (2020) – これはフィクションだけど – も改めて、もう一度並べて見てみたいかも。どれもとってもおもしろいの。

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