7月7日、金曜日の夕方、ヒューマントラストシネマ有楽町で見ました。
邦題は『遺灰は語る』。2018年に兄のVittorioが88歳で亡くなった後、91歳となった弟のPaolo Tavianiが初めて1人で監督した作品。同年のベルリン国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞している。90分、ぜんぜん長くない。
原題の「レオノーラ、さようなら」ってなんだろう? と思っていたらPirandelloによる同名の短編小説 (1910)があるのね。Paolo Tavianiのインタビューを読むと、そもそも『遺灰』を『カオス・シチリア物語』(1984) のエピソードに含める構想もあったそうだし、『カオス・シチリア』にも原作者であるPirandello本人(もちろん役柄として)が出てきたりしていたので、今度のもPirandello本人がなにも語らない遺灰として登場する、そんな作品構造を継承しているのかも。
偉いひとの遺灰を生まれ故郷のシチリアに運ぶ話、というのは予告で知っていたが、それがLuigi Pirandelloのものだというのは映画が始まってから知る。1934年にノーベル文学賞を受賞したPirandelloは、「自身の灰は故郷シチリアに撒いてほしい」と遺言を残す。しかしPirandelloはノーベル賞をファシスト政権に寄贈したりしていたこともあり、ムッソリーニは、ピランデッロの名誉を利用すべく作家の遺灰を10年間、ローマに封印・安置してしまう。
戦後、ようやく作家の遺言に従って遺灰の入った壺がシチリアへと帰還することになり(散骨散灰はカトリックが認めないとか)、シチリア島の特使(Fabrizio Ferracane)がその重要な務めを任されて、緊張感たっぷりの旅を始めるのだが、アメリカ政府の協力も得て米軍の飛行機で運べることになった、と思ったら他の乗客が遺灰と一緒だなんて縁起わるいって降り始めて、結果搭乗拒否されてしまったり、列車での旅になったと思ったら壺を入れておいた木箱がどこかへ消え - カードゲームの台にされていたとか、故郷に着いてからも名士なので壺を掲げて葬送するわけにもいかないので棺桶だろ、ってなるものの大人用のは出払っていて子供用の小さな棺しかないので、それで厳かに運んでいったらみんなの笑いが止まらなくなったり、思いもしない方に壺が転々と転がっていく様はPirandelloかも。(『カオス・シチリア物語』でも生首でサッカーとかあったよね.. ちがうか)
登場人物たちの周囲にずっと灰が舞っているように見えなくもなかったモノクロのパートに続いて、画面はカラーとなりPirandelloの別の短編 -"Il choido” – “The Nail” (1936)を原作としたお話しが始まる。これは彼の亡くなる20日前に新聞に掲載されたもので、1935年の彼のアメリカへの旅とそこで報道されていた実際の殺人事件がベースになっているそう。(原作はハーレムが舞台のようだが映画のそれはブルックリンになっていたような)
ごく普通の家庭の子が原っぱで屑鉄の屋台が落とした釘を拾って、それを手にした彼が、原っぱのまん中で喧嘩なのかなんなのか取っ組み合いして声をあげていた二人の女の子のひとり - 赤毛の子の頭に釘を突き立てて殺してしまう。少年は特に逃げもせずあっさり捕まって、動機を聞かれても無関心ふうに”On Purpose”しか言わなくて、”On Purpose”ってどういうことか? と聞かれても「それもまた“On Purpose”だ」って。不条理劇と呼ぶにしては相手は子供すぎるし、家庭環境や周囲の社会も含めて特に狂ったようなところがあったとも思えない、みんなが空を見あげてお手上げになるのだが、でも釘は落ちていて、少女は殺されたのだ、と。
『カオス・シチリア物語』の各エピソードにもそういうところがあった気がする – 再見したい。随分見ていないな – が、自然現象も含めてすべてがあまりに他人事としてやってきて、それは薄情とかそういうのでもなく、ただ思ったように転がらなくてどうしようもない、生も死もそういう土地の縛りとかそこに流れる時間のなかに作者も絡まってあって、メタとかいう前に全体としてすっとぼけておかしくて、でも人は生と死の間を行き来していて - そんなありようが神話的なのとは別の物語構造で描かれている、というかうまく言えない。
ただ、PaoloはVittorioをそういう物語時間のなかに置いて、彼の遺灰を撒きつつもう一度会ってみようとしたのではないか。
映画中にはロッセリーニの『戦火のかなた』(1946) や『カオス・シチリア物語』も挿入されていた、とエンドクレジットで知って、どこだったのか、もう一度見るべきか、になっている。
7.18.2023
[film] Leonora addio (2022)
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