22日金曜日の晩、CurzonのBloomsburyで見ました。タイトルを直訳すると“Pleasure, love and run fast”と出るのだが、英語題は”Sorry Angel”。 昨年のルイ・デリュック賞を受賞している。
大好きなChristophe Honoréの新作をふつうの映画館で、(特集上映じゃなくて)ふつうに見れるのってうれしいな。
1993年のパリ、劇作家のJacques (Pierre Deladonchamps) - 39歳 - がいて、ゲイで小さな息子がいて(この子はとてもできたよいこで、パパが恋人と抱き合って泣いていても動じない)、AIDSでぼろぼろになって現れた前の恋人とのやりとりとか、同じアパートに住む少し年上のゲイの友人Mathieu (Denis Podalydès)とのやりとりとか、イベントにいった先で出会った - Jane Campionの”The Piano” (1993)がかかっている映画館で - 若くて青いArthur (Vincent Lacoste)とのやりとりあって、それなりに名も売れてて落ち着いて不自由なくみえるJacquesでもいろいろ揺れたり悩んだりぼろぼろで泣きたいときは泣いていいのよ、ていうゲイたちのあんまぱっとしないアンサンブルドラマなの。
で、そのうちJacques自身もAIDSで倒れてしまい、口では強がりを言うもののどうしようもなくて、そんな彼にもArthurは辛抱強く愛のちょっかいを出してきて、それが ”Sorry Angel” – どちらにとっても – になる。
AIDSで崩れていく関係とか喪失感とか、そこからの立ち直りとかを描く、というよりはミドルエイジの危機がまずあって、ああもうだめかも、ってなったところにAIDSがきて更に落ちてどうしようもなくなるのだが、それでもくっついてくるものはあるから - そういう普遍性はあるかも。
ゲイの劇作家というとJoe Ortonが思い浮かんで、彼がもしああいう事件にあわず、フランスにいてAIDSの時代を生きたらこんなふうになっていたかも、というのは少し思った。
(あるいは、ここに出てくる登場人物みんなR.W.Fassbinderの映画の世界にいるような)
もういっこ、90年代初、AIDSの脅威が吹いた時代のドラマでいうと、”120 BPM” (2017)がまだ記憶に新しくて、あそこにあった刹那とか膨れあがっていく鼓動とか高まり、はこちらにはなく、寧ろ逆に、どこまでも静かに、これまでの関係や生活をなんとか保とうとしていて、でもそうしようとすればするほど萎んでいって、でも、それでも残るものはあるから、と。
Christophe Honoréなので音楽は問答無用ですばらしくて、The Sundays - “Can’t Be Sure”, Prefab Sprout - “Cars and Girls”, Cocteau Twins - “I Wear Your Ring”, Ride - “In a Different Place” , Cowboy Junkies, The The - “This is the Day” なんかが遠くで聞こえたりして、その遠さがまた絶妙で、ラストにはHarry Nilssonの”One”がくるの。 夜、Arthurがひとりで座っているところにこれが流れてきただけで泣いちゃったし、思いだしただけでいくらでも泣ける。
レビューはあんまよくないみたいだけど、そんなの関係ないわ。
3.28.2019
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿
注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。