9月17日、日曜日の晩、日仏学院で見ました。
『エスター・カーン めざめの時』 上映後に監督Arnaud Desplechinによるティーチインつきの。
2002年のNYのリンカーンセンターで、Desplechin作品で最初に見た作品で、そのときのこれはなんなの? という衝撃を確かめたくてずっともう一回見たいよう、って言っていたのをようやく。今回の特集で最初にチケットを買ったのだががんばったのに後ろの方の番号になった。
原作 (1905)は英国の詩人・作家・批評家のArthur Symons (1865-1945) - ワイルドやイェイツの同時代人でジョイスの出版者でありヴェルレーヌやマラルメの翻訳家であり、あの時代の文化の交錯点にいたひとりで、Desplechinにとっては短編とは言え原作があり、英語(一部イディッシュ)による時代劇であり、前作の『そして僕は恋をする』が男性が主人公だったので女性を中心に据えた女性映画となった、そんな一本である、と。
19世紀英国のロンドンの東の方のユダヤ人居住地区で仕立て屋の家に生まれたEsther Kahn (Summer Phoenix)は優しい父(László Szabó)とやや棘のある母(Frances Barber)と大家族に囲まれて自分はこれからどうするのかぼんやりしていた時にみんなで出かけて天井桟敷の上から眺めた芝居を見てこれだと確信して、エキストラのオーディションに出かけてみたら通ってしまい女優の道を目指すことになるのだがどうしたらよい女優になれるのか見当もつかず、老いて落ちぶれた俳優のNathan (Ian Holm)にいろいろ教わっていくのだが、あまり役に立ちそうなことは教えて貰えず、恋をすることじゃ、ってセクハラど真ん中のことを言われ、とりあえず目についた劇評家のPhilippe (Fabrice Desplechin)に近づいてみると、この遊び人は軽く適当に火をつけてくれて、恋も芝居も虜になったところで主演の「ヘッダ・ガーブレル」の初日を迎えると、彼は品のよくなさそうなイタリア娘(Emmanuelle Devos)を伴って現れたのでふざけんじゃねえよ、って開幕直前に自分で自分の顔をタコ殴りして、割れたガラス片をせんべいのようにばりばり食べてどうするんだ? になって… (原作には「ヘッダ・ガーブレル」を演じるところも血まみれになるシーンもない)
むかしあるところにEsther Kahnという娘がおりまして、というアイリスから入って、彼女はどうやって自分の声 - 最初は名前の”K-A-H-N”すらきちんと発声できない - を獲得して舞台上のキャラクターと出会ってそれを演じる自分自身を見い出し、Esther KahnとなってPhilippeにごめんなさいを言わせるところまで行ったのか、「成長」なんて言葉を使うのが恥ずかしくなるくらい、どれだけ顔が腫れあがっても口内が血だらけになっても彼女は頑として彼女であろうとした、ニーチェの「瞬間という杭に短くつながれて」の状態をそのまま刻々と生きた女性を描いた女性映画で、所謂「波瀾万丈」がもたらす相克とか「女優一代」みたいな惹句からも離れて、彼女はどうやって彼女になったのか、Esther Kahnたりえたのか。登場人物同士の対立のありようを通して各人物のコアを浮かびあがらせていく他のDesplechin作品とはちょっと違う。
彼女はこんなふうにやってきた娘だったのでこうなったのです、という説明の仕方ではなく、我々には(おそらく彼女にも)最後まで彼女が何者でなんで女優になろうとしたのか、なんで主演舞台の直前に自分をぼこぼこにしてガラスを食べようとしたのかの核心はわからなくて - Philippeの浮気は表面でしかない - その混乱と当惑の波の強さときたら例えば”Opening Night” (1977)の比ではなく、後のトークで監督も言っていたように「ヘッダ・ガーブレル」の苦しみは彼女のそれとは何の関係もない - でもとにかく彼女があんなふうにそこにいて「演技する」ことについてなにかを突かれて気づかされ感動してしまう、そんな強さがあってとてつもないドラマだなあ、って改めて思った。
それを可能にしたのが女優Summer Phoenixの輪郭の強さ - 自分はなんで生きているのか? ここにこんなふうにしているのか?(怒)という問いの強さで、こういう演技 - 監督の言っていた「魂をさしだす」生々しい演技ってこういうもの - を可能にしたのは彼女で、彼女にしかなしえないなにかがはっきりとある。
明日から少しロンドンに行ってきます。お仕事。
9.24.2023
[film] Esther Kahn (2000)
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