3月23日の土曜日、シネマヴェーラの大島渚特集でみました。
大島渚、ほとんど見ていないので、この機会にまとめて見たかったのだが、結局見れたのはこの1本だけだった。
これ、公開時には見逃していて、当時はMaxが最後にかわいそうなことになったらやだな、と思っていたのだった。
こんなにおもしろいやつとは思わなかった。 洋画クラシックの風格たっぷり。
パリで暮らす裕福な英国外交官(Anthony Higgins)のおうちで妻(Charlotte Rampling)の様子がおかしいので調べてみたら妻はアパートを借りて猿と一緒の時間を過ごしていた。 夫は動揺しつつも、たかが猿だから、と自分のアパートに部屋を設えて猿を運んでくるのだが、それはペットを飼ってペットを愛でるような簡単な話ではなくて、妻はMaxを真剣に愛しているし、Maxもおなじようで、第三者が居合わせたときに現れる嫉妬とか憎悪とかの情感や空気感がぜんぜん違っていて、この家族はどこに行ってしまうのやら、と。
この家族には二人の子供である男の子もいて3人家族で、家政婦もいて、妻には言い寄ってくる別の男もいて、つまりホームドラマのパーツというかラインナップは全部揃っていて、この外見上はきれいなシェイプを保っている家庭、そこに横から突然猿が刺さってくる。 家族の長であり統括する立場にある夫がその混乱をコントロールしようとするとき、あらゆる亀裂が、Charlotte Ramplingの氷のように冷たい目線と共に表に現れてくる。
あんたじゃなければ誰でもよかった、ヒトじゃなければなんでもよかった、でもそれは猿で、Maxという名前で、彼はこっちをじっと見つめていて、彼じゃなきゃいけなかった。 たとえ猿でも。
Maxが猿ではなくてヒトの男だったらどうなるか、或いは女だったら、子供だったら、他者には見えない幽霊だったら… などなど。 愛というのは斯様に謎で複雑でわけわかんなくて、それは家庭のなかに現れると例えばこんな変なことになる。 あれ? でも家庭っていうのはさあ …
Charlotte RamplingとMaxの全てを見切ってしまったような目の動きがおそろしくて、しかしこんなにおもしろいもんはないとおもった。
Jean-Claude Carrièreさんが、ふんふんしながら書いたんだろうなー、と。
Arnaud Desplechinにリメイクしてほしい。主演はもちろんEmmanuelle Devosで。
4.06.2013
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