5日、日曜日の午前10時に日本橋でみました。
前日に”Jupiter Ascending”見たとき、ここの「午前10時の..」でやっていることを知って、なんとなく。
例えば今回のラインナップの「ニュー・シネマ・パラダイス」なんかは見たくもない(実は見たこともない)けど、こっちは見てもよいかも、とか。 子供の頃、TVではさんざん見たけど映画館でちゃんと見たことなかった気もしたし。 「小さな恋のメロディ」。 お客さんはいっぱい入っていた。
これと同じようなやつが"Harold and Maude" (1971)で、これもTVでは見ていて映画館では、だったのだが、米国で何回か見た。 あと、映像と音楽のつながりがもたらすエモのうねりや波を - 前者はThe Bee Geesで、後者はCat Stevensで - 教えてくれた、というところもこの2本だった気がする。
昔話ばかりでしょうもないのだが、むかしむかしの小学生の頃、「ロードショー」と「スクリーン」ていう2大洋画雑誌というのがあって、わたしは「スクリーン」派だったのだが、どっちにも必ずトレーシー・ハイドさんの近況をお知らせするコーナーというのがあって、あれはなかなか謎で、つまりあんなに可愛かったMelodyだって歳をとるとこんなふうになってしまうのだ、というこれも教育的ななんか、だったのかもしれないと今はぼんやり思う。 大きなお世話だったわね。
筋はとってもシンプルで、小学校でマーク・レスターとトレーシー・ハイドが出会ってお互いころりと恋におちて、でも親とか級友とか周囲はうざいのばっかしで、ふたりでどっかに行こう! てトロッコで旅立つの。 それだけなの。 音楽室のシーンとか、今見てもいいよねえ。
親とか教師とかはどこまでも愚かで醜くて、子供のほうもひたすら薄汚くてバカでアホで、でもふたりの愛は、愛だけはピュアで美しい。 今のドラマだともうちょっと難局とか障害とか表裏とかあれこれいっぱい出してくるのだろうが、ふたりの眼差しに全て託して一気に一直線に攻めてくるところがかえって新鮮だなあと思った。 ていうか、やっぱし原点だよね。
帰ってからほんと久々にBLANKEY JET CITYの「小さな恋のメロディ」を聴いてみる。
行くあてはないけど、ここには居たくない。
そうだよねえ。 国とか家族とか学校とか仕事とか、たまたまそうなっただけの、いたくもないとこにややこしい物語敷かれて勝手に愛だの絆だの忠誠だのを強いられる(ように思えてならねえんだくそったれ)今の子供たちがかわいそうでならないわ。
で、この曲ですら15年以上昔のだという …
4.12.2015
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