2.03.2019

[film] ひかりの歌 (2017)

ロンドンには2日の午後に戻ってきて、アパートに着いてから10分以上かけて(かかるのよ)荷物を上に引っ張りあげて、窓開けて荷物広げて置くところに置いて洗濯屋に行ってスーパーに買い物行って、夕方にBFIに向かって”The Bitter Tea of General Yen” (1932)を見て、帰りはぼーっとしすぎて地下鉄を乗り過ごしたりしたけど元気です。

日本のはすぐに忘れてしまいそうな気がするので先に書いておく。

30日、水曜日の晩、ユーロスペースで見ました。ユーロスペースも、渋谷のあの界隈もぜんぶ久しぶり。 だったけどばたばたで走りこみで。 事前に席予約しといてよかった。

日本映画は昨年のLFFで『寝ても覚めても』を見たのだがそれ以外にも見たいのはいっぱいあって、『わたしたちの家』も『ゾンからのメッセージ』も『きみの鳥はうたえる』も、もうじき恵比寿でかかる草野なつかの『王国(あるいはその家について)』 も。
ロンドンでは『万引き家族』と『カメラを止めるな!』はずーっと上映したりしているのだが、なんかぜんぜん見る気しないのに。

杉田協士監督の作品を見るのははじめて。
映画化を前提に「光」をテーマに公募した短歌コンテストで選ばれた4首をタイトルにもつ4章からできていて、153分あるけどあっというま。

旅に出ようとしてる雪子(笠島智)がいて、高校で美術の臨時教諭をしている詩織(北村美岬)がいて、閉店が決まっているガソリンスタンドでバイトしているランナーの今日子(伊東茄那)がいて、ずっと行方不明だった夫が突然戻ってきた幸子(並木愛枝)がいて、それぞれに片思っている好きなひとがいて、彼女たちひとりひとりのことを思っているひともいるのだが、彼女たちの思いはその先に簡単には届かず叶わず、でもだからどう、というわけではなく、星の瞬きのように(いくつかの章は、プラネタリウムの投影が終わったところから始まる)灯ったり星座のかたちを作ったり曇ったり流れて消えたりしている。

それぞれの章には選ばれた短歌(作者はばらばら)がそのままタイトルのようにあって、短歌が喚起する情景を思い浮かべることもできるもののそんなに強く縛っているわけではなく、各章も個々の世界が個別にあるわけではなくて、それぞれの登場人物は別の章にもちょっとだけ出てきたりする。そしてそれぞれの思いの矢は基本そんなに刺さったり暴れたりしなくて、でもだからといってものすごい危機とか余命いくつかとか奇跡とかに見舞われるわけでもなくて、rom comの手前数メートルのところでべそかいて、次章を予告するかのようにして終わる。
最後の章だけは失われていたものが忽然と現れてそこから始まるなにか、という少しだけ違うトーンになっていて、プラネタリウムの天蓋をひとりぼっちで見る光が、透明ビニール傘を通してふたりで見る光に変わる、というちょっと粋な転換が図られて終わる。

女性4人が中心のお話で、フェリーの旅が出てきたりもするので『ハッピーアワー』(2015)を思い出したりしたが、やはりこっちは小説(ロマン)というより短歌 - 歌なんだろうな。 登場人物たちはみんないろんな歌 - 下ネタからブルーズまで - を自分の声で、どこでも自由に自在に歌うし。 息をするようにふうっと出してぽつりと終わって。でもその親密さ、肌の近さがいつまでも残る。スタンダードサイズの画面もおそらくそういうことなのかも。

シンプルな紋切り、みたいなとこで言うとロメールの「格言」シリーズに近いかも知れないけど、「格言」にある蓄積・凝縮された智慧のようなものはなくて、こうあったらいいのにな、というその瞬間の思いが描く微かな光の軌跡を拾いあげようとしている。

それにしてもみんな突然歌いだすし、みんな面と向かって「好きです。」って簡単に言っちゃうし、いいなー。
そしてテーブルを囲んで食事するシーンがどれもおいしそうで。歌とご飯と恋さえあれば(あと本ね)、ひとはだいたい生きていける。そして最後のがたぶんいちばん難しいのだろうが、これらの相関を光のなかで/と共に撮ろう、という意思に溢れているとこはすばらしいと思った。

今週いっぱいは上映しているようなので、見たほうがいいよ。海を越えて見にいく価値あるよ。

ちなみに各章のタイトル4首は、以下。

反対になった電池が光らない理由だなんて思えなかった

(勝手に下の句をつけてみる)  だってホタルイカは逆さになっても光るのにさ

自販機の光にふらふら歩み寄り ごめんなさいってつぶやいていた


(勝手に下の句をつけてみる)  これじゃ夏の虫だよね と気づいて羽のあたりをさすってみる

始発待つ光のなかでピーナツは未来の車みたいなかたち

(勝手に下の句をつけてみる)  そのピーナツのかほりは光合成して酸素をはきだす

100円の傘を通してこの街の看板すべてぼんやり光る

(勝手に下の句をつけてみる)  ダブルデッカーバスに潰されるぼくらが見る光もきっとこんな

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