2.05.2019

[art] Tokyoそのた

東京で見たアート関係のをよっつ。

国立トレチャコフ美術館所蔵 ロマンティック・ロシア

羽田に着いた日の午後にbunkamuraで見ました。最終日だったせいかぱんぱんで、中に入ってそのまま出たくなるくらいの混みよう。こんなの時間制にした方がみーんな幸せになるのに。

モスクワにはもう4回くらい行っているのに美術館はまだ行けていなくて、そういうのもあるから見ておきたかった。全体に端正で綺麗な絵が多くて、これだけ見ていると「ロマンティック」としか言いようがないのだが、昨年から一昨年にかけてロシア革命100年関連で開かれた企画展とか、いまこっちのQueen’s Galleryでやっている”Russia”みたいにふたつの国の関係を見つめ直すような展示が求められている気がしてならない。 ロシアと日本の間があんなふうになっている今だからこそ、ね。
べつに「ロマンティック」したっていいのよ、でもそれだけじゃだめなんじゃないかしら。

岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟

31日の午後、人間ドックと眼科検診の合間に目黒まで行って、見た。リニューアルしてからの庭園美術館は初めて。

コラージュという形式のおもしろいとこは、それを見ながら常にコラージュとはなに? アートってなに? というところに立ち返って考えるように要請されることで、それは面白い作品であればあるほどそうで、その点でここに展示されている作品はどれもそういうのだった。

彼女が日本のモダンアートの立ちあがり期に創作を始めたこと、その地点に武満徹や瀧口修造やエルンストがいたこと、なによりも女性であったこと、そしてそういったもろもろの帰結として行きついた「変容」というテーマがもたらす痛みや居心地の悪さ、が展示場である貴族のお屋敷の意匠と絶妙な整合/不整合、靴ずれ股ずれを起こしているようで、そのコラージュ感もなかなか面白かった。

「海のレダ」(1952)、のエバーグリーンな疾走感ときたら。

フィリップス・コレクション展

31日の夕方、眼科のあとに三菱一号館美術館で見ました。
こういう私設のコレクション展示って、そのひとが絵をどう見てどう買ってコレクションしてどの壁にどういう順番でどう配置していったか、というところが肝で、でもその場所を離れてしまうとただの寄せ集めにならざるを得ず(もちろん写真とかで様子はわかるけどさ)、「全員巨匠!」みたいに乱暴なことを言って集客しないといけなくなるに決まっているので、なんかなー、なのだが、一枚でも見れるものがあればいいや、くらいのかんじで行った。

ココシュカが2点 - 肖像画と風景画 - がうわー、っていうすごさで、クレーも2点(だっけ?)- 昨年末にミラノのMudecで見たクレーの展示 – “Alle origini dell’arte”に繋がるテーマでこれもよかった。あとカンディンスキーも。こうしてみるとコレクションの中心線からやや外れたほうに目が行ってて、まあそういうもんよね。

ヒグチユウコ 展 CIRCUS


1日の午前に世田谷文学館で見ました。ヒグチユウコさんのはサイン本だって持ってるし紅茶の箱だって持っているし他にもいろいろどこかに埋もれているはずで、ふつうに好きなの。

CIRCUSというのもあるけど一見は見世物小屋ふうで、その壁に浮かびあがる獣たちのシルエット(の丸みにでこぼこ)と、その幻灯機が浮かびあがらせる肌や皮、毛並の肌理や触感のぞくぞくするかんじがわらわらと群れをなしてやってきて、見てはいけないのに食べられちゃうかもしれないのに、つい見てしまって、たまに目が合ったりする瞬間のうしろめた感がたまらない。 フランケンシュタイン200年で英国に巡回してくれたらぜったい受けるのにな。

ガチャガチャがあって、気がついたら両替してて、3千円くらいまで行って同じのが重なったところではっと我にかえって止めた。 あれ、あぶないねえ。


あと本で、岡崎 乾二郎の『抽象の力 (近代芸術の解析)』を買ってきてぱらぱらしたら、わわわわわっていうおもしろさで止まらなくなって、なのに置いてきちゃった…

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