4.25.2017

[theater] Obsession

からだじゅうがいたいよう。

18日の火曜日から20日の木曜日までのドイツ〜オランダ出張は、団体行動で言われるままに右に左に動いていたのでぜーんぜんおもしろいことないままに終わってしまった。
ひとつだけ、Essenで泊まったホテルの隣にMuseum Folkwangていうのがあって、そこでGerhard Richterの展覧会 - “Die Editionen.” - をやっていたことか。 あんなのやっているのを見てしまった以上、しれっと突入しないわけにはいかなくなって、次の会議までの合間の15分くらいで中に入ってざーっと見て、小さなカタログも買った。 “Die Editionen.”ていうのは「エディション」、つまりは「版」ということで、彼のプリントワークを中心に彼にとってのバージョンとか複製、といった考え方を提示している - メインのイメージはSonic Youthの”Daydream Nation” (1988)にも使われた”Kerze” -  ようだったが、そういう主旨のものであるから数だけはいっぱい並んでいて、きちんと見きれなかったのが残念だったよう。

あとは、帰りにロッテルダムからアムステルダムの空港に向かう電車 - ひとりで乗った - 早とちりして直行ではなく遠回りの各駅に乗ってしまい少しびっくりしたが、デルフトとかハーグを通ったので、ああこれがデルフトかあー、と思ったこととか。 アムステルダムの空港内のチューリップ屋さんとかチーズが… とか。(チーズ、買っちゃうよねあんなの)

ふだんチケットを買っておいてもこういう出張が入って諦めざるを得なくなるのはこれまで何十回もあって、これもあーあしょうがないかー、だったのだが、チケットをようく見てみると開始は19:45とあって、空港に着く予定は18:25で、こういう短距離の飛行機は遅れたりするので期待はしないけどひょっとしたら.. とかじわじわ思うようになって、そうしたらほんとに時間通りに着いちゃったので、待っていた運転手のひとに自宅ではなくbarbicanのほうに行ってください、とお願いして、とりあえず直行して、クロークに荷物預けて、見ました。

“Obsession” - ヴィスコンティによる1942年の映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(原作:ジェームズ・M・ケイン)をIvo van Hoveが舞台化したもの。休憩なしの一幕、1時間50分。

舞台の真ん中には上から自動車と思われるエンジンのついた機械(ボタンを押すと轟音でエンジンがかかって煙があがる)が吊り下がっていて、開演前からGiuseppe (Gijs Scholten van Aschat)はその下に横たわってなんか作業をしている。
この自動車は最後までそこに垂れていて、不機嫌かつ冷徹な機械として命令されるままに「機能」したり「作動」したりする。

そこにハーモニカを吹きながら野卑で自由なGino (Jude Law)が流れてきて、つまんなそうに座っていたGiuseppeの若い妻Giovanna (Halina Reijn) と一瞬で、衝動的に恋におちて、やがてGiuseppeに雇われたGinoと3人で暮らし始めるのだが、なんか違うとGinoは再び旅にでて、偶然再会したらやっぱり燃えあがってしまったふたりはうざいGiuseppeを殺してしまって…
(映画とは結末が少しちがうかも)

常になにかに飢えてて満たされないまま日々を過ごしているGino、年の離れた夫に同じく満たされず、といって他に行きようのないまま囚われの日々を過ごしているGiovanna、Giuseppeだけがほぼすべてを握って満たされていて、そのように振る舞って許されるエゴとパワーを持っている。

欲望や衝動のダイナミックな動きとそれが必然的にぶつかってしまう障壁と、同じくそこに必然的に現れる亀裂と訪れる悲劇と、それらのもどかしさはこれまでNTLなどで見てきたIvo van Hoveの舞台とおなじかんじなのだが、今回のはとっても官能的で生生しいかんじがした。 NTLでみた"A View from the Bridge"のMark Strong、NYで舞台をみた"The Crucible"のBen Whishawと同じようにJude Lawもするするあっというまに上半身裸になってしまうのだが、前のふたりの裸には立ちはだかる制度や偏見に衝突した果てに現れる生身の身体の切迫感があったのに対し、Jude Lawのは欲望の赴くままの剥き出しに自由を求めていて、それをきっかけにいろんな困難や問題がなだれ込んでくる、そんなふう。 それに正面から応えて飛沫をあげるGiovanna役のHalina Reijnも堂々と力強くてエロい。

Jude Law自身がそもそも持っているワイルドな力強さを改めてすごーいと再認識した。ヴィスコンティの映画にいかにも登場しそうな、端正だけどぎらぎらした野生を抱えこんだ貌をじゅうぶん堪能できる。

シンプルな舞台にプロジェクションしたりとてつもない音を被せたり、は今回も同様で、ラブシーンの際はふたりの重なり合う顔面がでっかく映し出されたり、えんえん走り続ける(しかない)Jude Lawの顔とか。音だとエンジンの爆音と野良猫撃ちの鉄砲の音がものすごかった。

終わって、ガラガラを転がしながら地下鉄で帰るのがしんどかったが、こんなの、その二日後に控えた引っ越しに比べたら屁でもないのだった。

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